Olympique Marseille vs Atletico Madrid Europa League FinalGetty

アトレティコが「アトレティコである」意味を噛み締めた夜。EL制覇、最高の形で終えたトーレスの物語

2010年5月12日、アトレティコ・デ・マドリーはフォルランの2ゴールでフラムを2-1で下し、ヨーロッパリーグ(EL)初代王者に輝いた。あの夜にマドリーを包んだ歓喜は、今でも鮮明に覚えている。ハンブルクの地で凱歌が揚がるやいなや、通りを走る車はクラクションをリズミカルに鳴らしながら走行し、メトロには赤白のユニフォームを着た人たちが大挙して押し寄せ、車内で見知らぬ人々とチャントを合唱しながら跳ね回っていた。彼らが向かった先は、アトレティコの優勝祝賀会場であるネプトゥーノ広場だった。

それから8年後の5月16日、アトレティコはマルセイユを3-0で破り、通算3度目のEL制覇を達成。マドリーの街灯は橙色からLEDの白色が取って代わり、夜の雰囲気を変えたが、そこで爆発した歓喜はあの頃と変わらなかった。アトレティコもあの頃とは状況が違い、チャンピオンズリーグ優勝を目指すチームとなったものの、人々はクラクションを鳴らし、メトロ内で縦ノリで歌い……と、揺るぎない幸福感とともにネプトゥーノ広場へと向かった。正式な祝勝会でもないのに、広場には4000人が集まり、抑え切れない喜びを分かち合っていた。

他人が感じる幸福の大きさを推し量ろうと、物差しやたばこの箱をその手に持っているとしたら、そんなものは捨て去るべきだろう。もちろん、悲願のチャンピオンズ優勝を果たせば、広場へと向かう衝動に駆られる人々はさらに増えるかもしれない。が、仮にチャンピオンズで優勝しても、広場に集まった人々が発する歌声の大きさは同じだ(優勝の度合いで声量を抑えるなんて真似を、一体誰がするのだろうか)。彼らはシメオネのチームに大きな誇りを感じ、ガビとフェルナンド・トーレスが掲げたトロフィーに大きな価値を見出しているのだから。

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■困難の中、断固たる決意でもって手にしたタイトル

Atletico de Madrid UEL 16052018Getty

アトレティコにとって、今季は苦しいものだった。クラブが未成年選手登録の規定に違反したとして、チームは補強ができずにシーズンを開始。優勝を狙うはずだったチャンピオンズでは、初戦のローマとの試合でサウールが勝利につながるはずの決定機を逸したほか、勝ち点6を獲得することを見込んでいたカラバフから2ポイントしか獲得できず、結局グループリーグ3位でELに回ることになった。キャプテンのガビはグループリーグ敗退が濃厚となった段階でフラストレーションを隠すことができず、メディアに対して「今となっては、ELなどクソだ」と言い放った。

彼らの苦難は、その後も続いている。冬の移籍市場では獲得を内定させていたジエゴ・コスタ、ビトロが加わったが、少ない出場機会への不満などを理由にビエット、アウグスト、モジャ、ガイタン、カラスコが退団……チームに残った選手数は19人、フィールドプレーヤーに限れば17人となり、さらに腓骨骨折によってフィリペも欠くことになった。

チャンピオンズ決勝の開催地キエフへの航路を見失い、漂流し、さらに多くの船員が離脱していったアトレティコ。だがしかし、彼らはそこからまた力強く漕ぎ出し、必死の形相でEL決勝の開催地リヨンにたどり着くことを目指した。その航路もまた困難なものではあったが、船に残った者たちの覚悟は固かった。ディエゴ・シメオネが「私の選手たちは死を恐れない」と言う通りに。

アーセナル・スタジアムでの準決勝ファーストレグでは開始直後にシメ・ヴルサリコが退場となり、激昂したシメオネまでもが退場となったが、彼らは80分間を数的不利ながら持ち堪え、アーセナルのミスからアントワーヌ・グリーズマンが1-1とするゴールを奪った。耐え続けた末に喜びを手にし、これまでの苦労が報われる――それはまさに、アトレティコという存在を象徴するような内容だ。そして1-0で勝利したセカンドレグでは、今季から使用する新スタジアム、ワンダ・メトロポリターノで前本拠地ビセンテ・カルデロンのような熱狂が初めて生まれている。アトレティコは「今となってはクソ」にも思えたELで、アトレティコらしさを存分に発揮していったのだった。

マルセイユとの決勝でも彼らの姿勢は変わらず、加えて決勝での経験値も生きた。序盤こそサイドからの攻撃に苦慮したが、最後の1分で負けることはあっても、立ち上がりの劣勢で勝利を剥奪されはしないことを理解していた。落ち着きを保ち続け、D・コスタ&グリーズマンのよく働く2人のストライカーから仕掛けられるプレッシングの精度は上がり、相手のミスを引き出してグリーズマンが先制点を獲得。その後の試合巧者ぶりは欧州屈指のチームであることをまざまざと見せつけるもので、グリーズマン、ガビが追加点を決めて4年ぶりのタイトルを手中に収めた。

シメオネは試合直後の会見で、今回のEL優勝の重要性について、こう説いている。

「今季は序盤につまずいたが、そこから立ち直った。このELのタイトルはEL以上のものであり、粘り強さ、努力の褒賞として扱われる。その二つは人生を歩むために必要不可欠だ。『しつこく叩けば何かが落ちてくる』とは言うが、それは本当のことなんだよ」

そう、アトレティコの人々が価値を見出すものは「人生の生き方」を反映したプレーであり、だからこそこのシメオネのチームを誇らしく感じている。だからこそネプトゥーノへと走り出して、皆で喜びを分かち合うのだ。タイトルの大小など、関係ない――いや、しかし彼らにとって、このタイトルがとても特別なものであることも、また確かだろう。何となれば、「僕は君たちの一人」と話すトーレスが、アトレティコで手にした初めてのタイトルなのだから。

■これ以上ない形で完結を見たトーレスとアトレティコの物語

Fernando Torres Atlético Madrid Europa League 16 05 2018Getty Images

「強いチームの理想は5~6人の核となる選手たちがいて、そのほかが入れ替わっていくというもの。でも、あの頃のアトレティは、まだ若かった僕だけにすべてが集中していて、クラブのためにも出ていくべきだと思った」。そう語っていたトーレスは、帰還を果たしたアトレティコで、その言葉通りのチームをそこに見つけた。しかしながら、今度は自分が核となる選手になれず、居場所を確保するために最後まであがいた後、もう一度我が家を出て行く決断を下している。

トーレスとアトレティコの歩幅は最初は前者が大きく、次に後者が大きく……と、最後まで合わなかった。だがトーレスとガビがともにトロフィーを掲げたことで、幸福を捉えた。「ワールドカップ、EURO、チャンピオンズと想像していた以上のものを獲得してきたけど、子供の頃の夢は僕のアトレティとともにタイトルを獲得することだった」。山も谷もありながら純粋な愛に貫かれた物語は、冒頭に語られた一少年の夢が叶えられたことで、これ以上ない形で完結を見たのである。

ネプトゥーノ広場で正式な祝勝会が行われたのは、優勝から2日後の金曜日。そこには5万人もの人々が集まっていた。トーレスは、ガビの「このタイトルはフェルナンド・トーレスに捧げられる。彼こそがアトレティコ・デ・マドリーだ」との紹介からマイクを手に持ち、途中で涙をこぼすのをこらえ切れなくなりながら、その心境を語っていった。

「22年前、11歳の子供だった僕は、ここで(リーガとコパの)ドブレテを達成したチームを祝福していた。いつか、この舞台に立つことを夢見ながら」

「これまでのキャリアで、多くのものを勝ち取ってきたが、疑いの余地なく最も素晴らしいタイトルだ。夢を抱いている子供たちに伝えたい。不可能なんて、ないんだよ。君がアトレティの人間であるならば、なおさらだ」

祝勝会が終わると、人々は「フェルナンド・トーレス! ロロロロローロ! フェルナンド・トーレス!」のチャントを歌いながら帰路へついている。他人が感じる幸福の大きさを推し量ろうと物差しやたばこの箱をその手に持っているとしたら、そんなものはすぐにでも捨て去るべきだ。アトレティコはこのEL優勝を「センチメントの勝利」と題していたが、老人、大人、そして子供と、ネプトゥーノ広場に集まった人々はLEDの白い街路灯よりも郎然とした、決して忘れ得ぬ幸福な瞬間を心に刻んでいる。「アトレティの人間」である意味、そのことを強く、深く、噛み締めながら。
 
文/江間 慎一郎

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