ヴェロドロームスタンド

なぜ酒井宏樹はマルセイユで「SAKAI 我々のサムライ」になれたのか?【海外日本人総括】

今季の目標:右サイドバックの先発メンバーとして納得させられるプレーをすること

結果:出場時間はフィールドプレーヤー最多。その働きと成長を誰もが評価

採点:90点

以下に続く

■こだわりを捨て、新しいスタイルを貪欲に吸収した序盤戦

今季のマルセイユは身売りに躍起だった前オーナーが、それまでの主力をポンポン放出したおかげで新入りばかりが揃うことになった。酒井宏樹は入団初年度にして唯一の純粋な右サイドバックになると、プレシーズンの調整試合から先発メンバーとして出場を重ねた。8月1日の開幕戦でも、順当にスタッド・ヴェロドロームのピッチに立つことになった。

当初は苦戦を強いられた。特に守備の部分で、リーグ・アンに適応する必要性に迫られた。酒井は10代の頃から「マッチアップする相手とは距離を取って守る」と教えられていたというが、加速のスピードがケタ違いに速いフランスのアタッカーたちに簡単に抜かれては、ゴール前めがけて際どいパスを出されるシーンがたびたび見られた。

しかし、酒井には自分が慣れ親しんだやり方に固執することなく学ぼうという柔軟さと、進んで周囲の先輩選手やコーチ陣にアドバイスを求める素直さがあった。

シーズン最終戦を終えた後、本人は「毎日が本当の意味で練習でした。ただ淡々とやるのではなく、監督や経験のある選手たちに新しいサッカー感を教えてもらいました」と語っていたが、実際に日々の学びの成果は、ピッチの上で目に見えて発揮されていた。

■飛躍のときは12月、新監督のもとで

10-11シーズンにリールをリーグ優勝に導いた名将ルディ・ガルシアが10月中旬に着任すると、酒井は新たなチャレンジに立ち向かうことになった。

この頃は「監督の言うこと、監督に求められていることを残らず聞いて理解しよう」と絶えず神経を研ぎ澄ませていたことで精神的に疲れきっていたというが、その勤勉さと貪欲な姿勢によって新監督の信頼を勝ち取ることになる。

ガルシアが就任して2戦目となった第11節のボルドー戦で、酒井は古傷の腿痛により欠場することになった。その時、酒井は内心「このままポジションを失うのではないか」と不安を感じたという。しかし、翌12節ではすぐに復帰し、後半戦から出場。その後は累積で出場停止となった以外のすべての試合で、ガルシアは酒井を先発で起用した。

新指揮官のメソッドが浸透し始めた12月、マルセイユはリーグ戦で4戦全勝を記録した。ここで一気に6位にジャンプアップし、最終的に5位でシーズンを終える弾みとなった。酒井も12月の4試合では攻守にわたって目覚ましい活躍を見せた。地元紙『ラ・プロヴァンス』の採点では、ディジョン戦とリール戦でチーム最高となる「7」を獲得し、「すでに証明済みだった攻撃力でチームを活性化しただけでなく、守備でも貴重な働きをした。カウンター時の動きも良く、確実に進歩が見られる」と評された。フランスで評価を高めていることがうかがえる月となった。

■来季はレギュラー選手としてポジション争いへ

ファンからもすっかり人気者だ。ヴェロドロームのスタンドには『SAKAI 我々の侍』と書かれた日の丸風の横断幕も掲げられている。

マルセイユのサポーターは、汗みどろになってチームのために戦う戦士タイプの選手を好む。酒井はまさにそんなプレーヤーだった。

延長戦に突入したフランス杯ラウンド16のモナコ戦で、酒井は限界まで奔走し続けた。97分に腿を痛めてピッチを去る時には、スタンドから温かい拍手とオベーションが送られた。

また3月の代表戦から戻った直後のディジョン戦では、ゴール前に飛び込んだ相手ストライカーめがけて果敢に突っ込み、相手が蹴り上げたキックをもろに顔面に食らうシーンがあった。鼻から流血するアクシデントだったが、同時にチームを失点の危機から救う闘志溢れるプレーでもあった。試合は1-1のドローに終わったため、この場面で相手を食い止めた意味は大きく、サポーターたちは『サカイ! サカイ!』と名前を連呼し、勇敢なプレーをねぎらったのだった。

ヴェロドロームスタンド

シーズン当初、地元の記者たちは「攻撃面ではいいものを見せるが、守備が心もとない」と厳しい評価を下していた。しかし、今では「サカイ? 彼がスタメンであることに疑問を持つ者は誰もいないよ」と当然のように答える。

そして、酒井自身にも自信や責任感が芽生えていた。

リーグ・アン初年度は常に危機感と隣り合わせで、「毎試合、僕はすがるような気持ちでサッカーをしていた」と本人は語るが、周囲の選手や監督からの信頼、メディアやファンからの評価を得たことで考え方は変わっていった。同時に「このチームには自分がいなくては」という自覚も備わっていった。

「それだけのプレッシャーに耐えられるだけの度量ができたのだと思う。外国籍の自分には人より良いプレーをしないと居場所はない。“なあなあ”なプレーをして平均的な評価を得ても意味がないので、人より走って人より戦って、ということが自分の居場所を見つける唯一の方法だった。いくら良い奴でもプレーがうまくいっていなければ認めてもらえないですから」

来季は今シーズンより厳しい戦いが待っていることが予想される。マルセイユは今季より良い順位を目指す必要があり、ヨーロッパリーグにも参戦する。よって、右サイドバックの補強は必至と見られている。酒井自身も「競争は当たり前だし、ヨーロッパリーグに出るのであればちゃんとしたサイドバックをとらないといけない」と覚悟の上だ。

より高い順位への挑戦、新たな舞台での戦い、ライバルの加入……。待ち受けるハードルは少なくないだろう。

もっとも、酒井とマルセイユは相思相愛の関係にある。彼はクラブに必要とされ、メディアから評価され、ファンから愛されている。両者の蜜月が、そう簡単に終わることはない。

■移籍の可能性は?

10%

今季は不動の右サイドバックとしてチームの善戦に大きく貢献し、マルセイユの地で公私ともに充実した生活を送った。EL参戦も控える来季は右サイドバックの補強は必須だが、酒井自身は競争に関して「望むところ」という姿勢を示している。そのため移籍の可能性があるとすれば、他クラブから断れないほど魅力的なオファーがあった場合となるだろう。

文=小川由紀子(フランス在住ライター)

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