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それは「解任ブースト」だけだったのか?現地密着記者が語る――飯尾篤史・北健一郎・青山知雄【日本代表総括/前編】

4月7日、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督解任。12日西野朗技術委員長の監督就任。ガーナ戦を経て5月31日、本大会メンバー発表。6月3日からのオーストリア合宿、スイス戦、パラグアイ戦のテストマッチ。6月14日、ベースキャンプのカザン入り。ロシア・ワールドカップ第1戦・コロンビア戦は6月19日、決勝トーナメント1回戦・ベルギー戦は7月2日だった。

この間、3カ月弱。期待値が低い中で船出した西野ジャパンだったが、チームとしての結束力が見えた戦いは、世界を驚かせると同時にわれわれの胸を打った。しかし、これを「美談」で終わらせてはいけない。世界との差を見せつけられたのはまぎれもない事実であり、ハリル監督の解任騒動は、長期的視野に立てば迷走でもある。

そこでここでは、ロシア大会でチームに密着取材したサッカーライター3名による大会総括を前後編に分けてお届けする。前編はW杯という特別な場の戦い方について。

以下に続く

■4年間の成長と、最後の仕上げは別物

青山 ロシア・ワールドカップはフランスの優勝で幕を閉じました。ここでは現地で取材された私たち3人で、あらためて日本代表の戦いについて振り返っていきたいと思います。2大会ぶり3度目のベスト16進出を果たしたわけですが、まずは率直な感想をお願いします。

 やっぱりワールドカップって、4年をかけて準備してきたものを出す場所というイメージがあったと思うんです。でも、今回は2か月前に監督を替えて、わずか3週間で準備をしてベスト16に進出した。その事実とどう向き合い、どう解釈すべきか。言い方は悪いですけど、ワールドカップってこんなもんなんだな、と思ったところがありましたね。

青山 今回は、いわゆる“解任ブースト”が大きかったですよね。

 それで選手たちに危機感が芽生えて、良い方向に向かった。今回のベスト16進出によって、短期決戦のワールドカップはメンタルゲームの要素が強いということをまざまざと思い知らされました。それにベスト8の壁がものすごく高いのかというと、僕はそうは思わなくて。今までは「この壁を突破するのは大変だ」と思っていたけれど、ベルギー戦は本当にあと一歩で勝てたわけじゃないですか。そう考えると、まさに短期決戦の最たるもの。それこそ、高校サッカー選手権とちょっと似ているというか。

青山 勢いに乗れれば勝ち上がっていけるステージだと。

飯尾 僕も似たようなことを感じています。ヨーロッパだとEUROがあるから2年周期で代表チームを作っていくけど、日本の場合、基本的に4年を掛けてチーム作りを進めていく。ただ、その延長線上にワールドカップでの勝利があるわけじゃない。例えば、ザックジャパンは比較的順調にチーム作りが進められたけど、ブラジル大会は惨敗に終わった。

もちろん、だからといって毎回、3週間前に「えいやっ」とやっていたら成長はないわけだけど、4年間の右肩上がりの成長と、最後の3週間の仕上げは別物というか、分けて考えて、その両輪をしっかり回していくことが大事かなと。

 そうですね。これまでは日本では、ワールドカップの結果をあまりにも神格化しすぎていて、ベスト16に進出したら大成功、グループリーグ敗退だったから大失敗、という風潮があったけれど、それも違うのかなと。実際、ドイツ代表は今回、グループリーグ敗退を喫しましたが、本大会に至るまでの過程を見れば、どの国よりも素晴らしかったわけです。

青山 確かに、就任から12年目を迎えたヨアヒム・レーヴ監督の下、戦術は練り上げられていて、データも有効活用していましたね。

 昨夏のFIFAコンフェデレーションズカップでも1.5軍のメンバーで優勝して、選手層も厚かった。その中から選りすぐりの23人で臨んだはずなのに、メキシコとの初戦を落としたことでチームがバラバラになってしまう。でも、だからといって、この4年間のすべてがダメだったかというと、そんなことはないわけです。

飯尾 そういう意味では、クロアチアは逆に、予選のプレーオフ1週間前に監督を交代しているから、この4年間のチーム作りがうまくいっていたわけではない。

2018-07-17-croatia-dalic(C)Getty Images

▲クロアチアのダリッチ監督(左)は欧州予選プレーオフの1週間前(2017年10月9日)に就任した

 そうなんですよね。だから、ワールドカップの結果だけに左右されてはいけないし、「ワールドカップって、こんなもんなんだ」くらいの感覚も必要なのかなって。

青山 もともとヴァイッド・ハリルホジッチ前監督も「最後の3週間でチームを作る」と言っていましたからね。解任劇の是非はさておき、結果的にはこういうやり方もあるんだな、という一つのサンプルにはなりましたね。

飯尾 その意味で言うと、今回の教訓、もしくはハリルホジッチから学んだことの一つに、テストマッチの位置付けがあると思います。

ザックジャパンのときはテストマッチでオランダと引き分け、ベルギーに勝利して、無敗のまま本大会に突入したけれど、相手のスカウティングによって丸裸にされ、「自分たちのサッカー」しかやってなかったから対応力がなかった。

一方、ハリルホジッチはテストマッチを文字どおりテストに使ったフシがある。今後はそういう捉え方をする必要があって、それで負けても周りはギャーギャー騒がない。いろいろなテストを行い、多くのサンプルを収集して、最後の3週間でチームとしてしっかりまとまればいいんだからと。

■直前の監督交代によるデメリット

青山 ということは、ハリルホジッチのまま行けばよかったと?

飯尾 いや、そうは思ってないです(笑)。

青山 それについては後ほど詳しく話しましょうか(笑)。今回は3週間でチーム作りが上手くいったわけですが、それによるデメリットはどう考えてますか?

 それこそ解任ブーストがうまく働いてラウンド16まで行きましたけど、例えば、選手起用や選手交代の面などにおいては、準備期間が短かったことによるボロが出ましたよね。

青山 細かなところまで詰め切れていなかった。

 はい。それが最も表れたのが、選手をローテーションしたポーランド戦で、右サイドハーフに酒井高徳を起用せざるを得なかったこと。

4年間準備してきたチームで、一度もそのポジションで起用したことのない選手をぶっつけ本番で使うなんて、本来はあり得ないことじゃないですか。4-4-2を採用したとき、原口元気を休ませて、武藤嘉紀を2トップの一角で起用して、本田圭佑をジョーカーとして取っておく、あるいは多少ケガの影響もあったかもしれないですけど、結果的に高徳しかいなかった。

それは、どのシステムでどう戦うのか、開幕直前まで決められなかったからじゃないかなと。

青山 西野朗監督はパラグアイ戦が終わってもまだ、「コロンビア戦の絵は描けていません」と言っていました。準備期間がない中で、とりあえずこの23人で何とかするしかないという感覚だったのでしょうね。

 だからといって、西野さんを責めるわけではないんです。開幕2カ月前にいきなりチームを預けられたわけだから、西野さんにしても、3-5-2なのか、4-2-3-1なのか、4-4-2なのか、どの可能性も捨てられなかったと思うんですね。それで、どんなシステムにも対応できそうな23人を選んだ結果、4-2-3-1に固定されたとき、出番を見いだせない選手が何人か出てきてしまったと思うんです。

青山 システムも戦い方もイメージできていない状態だったから、いわゆるポリバレントなタイプをたくさん選ばざるを得なかった。

 そうだと思います。具体例を挙げると、遠藤航は3バックの中央に長谷部誠が入った際のバックアッパーとして計算していたと思うんですよ。それにプラスして、右サイドバックもボランチもできると。ただ、3バックじゃないケースで起用するポジションがなくなってしまった。

武藤も似たような状況になってしまった。彼を呼んだのは、2トップの可能性を探っていたからだと思うんです。武藤は大迫勇也とも岡崎慎司ともコンビを組める。だから、サイドを含めた2列目でプレーできる久保ではなく、2トップの適性の高い武藤を優先したけれど、2トップは結局、ポーランド戦でしかやらなかった。

武藤や遠藤はシステムを決め切れないからこそ選び、4-2-3-1にフィックスしたからこそ使うところがなくなってしまったのかなと思うんですよね。

青山 試合運びを考えると、逃げ切るための駒も、点を取るための駒も足りなかったですよね。結局、交代策も本田をジョーカーとして起用する以外、有効な手はなかった気がします。

 しかも、試合の流れを変えるのも、采配で変えるというより、選手の能力や経験値に頼る部分が大きいと感じました。つまり、西野さんが交代選手に明確なタスクを与えて試合を動かすというより、試合の流れを読める選手をピッチに送り出すことで、試合の流れを変えるという。

青山 だから本田、長谷部、岡崎と、投入するカードはベテラン勢が多くなったと。

 はい。ベルギー戦の終盤に投入した山口蛍が効果的なプレーをできなかったのは、山口に明確なタスクが与えられていなかったからじゃないかと感じます。

飯尾 山口に関しては、2列目に香川真司、乾貴士、さらに本田を並べて、勝ち越しを狙いにいったから、そのリスクを軽減させるためではあったと思うけど、明確なタスクを与えられていたかどうかは……。

ただ、西野さんは以前から選手の経験値に委ねるところがあって、僕はガンバ大阪の監督時代を取材していたけれど、基本的には遠藤保仁、二川孝広、橋本英郎、明神智和で組む中盤や外国籍ストライカーに委ねていて、組み合わせや立ち位置を変えながら彼らの最大値を引き出すための最適解を導き出すのが上手い人。だから、今回も西野さんらしいと言えば、らしいと思いますね。

■コミュニケーションは短期決戦で重要なファクター

 なるほど。ところで飯尾さん、青山さんは事前キャンプから日本代表に密着されていましたけど、「これでちゃんとチームになるの?」という不安はありませんでした?

飯尾 スイス戦までは「大丈夫かな?」と思っていました。

青山 そうですね。選手たちは寸暇を惜しんで話し合って、戦術面を詰めていたけれど、それが本当にピッチ上で形になるのか分からなかったですね。おそらく日本代表において、ここまで蜜に、細かくコミュニケーションを取ったことって、過去にないと思うんですよ。

飯尾 確かに。もちろん、ベースには「やばいぞ」という危機感や「やってやろうぜ」という反骨心があったと思うけど、これだけ徹底してコミュニケーションを深めれば、時間のなさもカバーできるんだな、というのは良い意味での発見でしたね。

 今回、感じたのはまさにその部分で、コミュニケーションは短期決戦のワールドカップでは、実はものすごく重要なファクターなんだと。コミュニケーションがしっかり取れているということは、戦術練習を何十時間も積むよりも大きな効果を生むことがあるという点で、興味深いサンプルになったと思います。

実際、3週間といってもトレーニングは90分ひとコマを何回かしかできないわけで、それ以外の膨大な空き時間に映像を見て、選手同士、選手とコーチングスタッフでディスカッションして、英知を結集させる。それがチーム作りにおいて、バカにならないくらいのプラスをもたらすんだなと。

2017-07-18-japan-kazan(C)Getty Images

▲選手たちは寸暇を惜しんで話し合いを続けた

飯尾 そういう意味では、今回は特に準備期間が短かったわけじゃないですか。だから、監督が「これをやるぞ」と決めて、メンバーとシステムを早く固定して連係を磨くのがセオリーだと思っていたんですよ。でも、西野さんは逆の方法を採った。当初は、こんなに選手任せで、システムもメンバーも固まってなくて、大丈夫? と思っていたけれど、今思うと、すごい決断だったと思います。

 以前、岡田武史さんから「賢者のマネジメント」と「愚者のマネジメント」という言葉を聞いたことがあるんですよ。「賢者のマネジメント」とは、リーダーが明確な正解を持っていて、しっかりとリーダーシップを取って部下を引っ張っていくマネジメント方法。一方、「愚者のマネジメント」とは、リーダーが頼りなくて、このままだとうまくいかないと危機感を覚えた部下が自分たちで話し合って良い方向に向かっていくこと。

岡田さんは98年大会のときの自分は「愚者のマネジメント」だったと言っているんです。Jリーグの監督経験すらない自分がチームを率いることで、選手たちがピッチの中で自立して考える集団になってくれたと。今回、西野監督が採ったのは「愚者のマネジメント」だったと思うんです。意図的なのか、偶然なのかは分からないですけど(笑)。

飯尾 なるほど。たしかに「愚者のマネジメント」という点では98年大会と似ているかもしれないですね。一方、2010年の南アフリカ大会とも似ていると思っていて。あのとき本大会の直前に負けが込んで、岡田さんは守備的なスタイルへと方向転換を図った。それについて8カ月前から考えていたけれど、どのタイミングでひっくり返せばいいか考え抜いた結果、直前だったと言っていた。

青山 それで選手たちも危機感から急速にまとまっていった。

飯尾 はい。今回、監督解任のタイミングについて、「なぜ、最終予選の直後じゃなかったのか」「なぜ、12月のE-1選手権の直後じゃなかったのか」という意見があったけど、僕は「解任するなら、あのタイミングしかない」と前から思っていて。

青山 確かにずっと言ってましたね。

飯尾 それは、2010年と同じで、どのタイミングならまとまれるか、どのタイミングなら選手が危機感を覚えてやれるのか、ということ。つまり、何が言いたいかというと、北さんの言っていた愚者のマネジメントが98年大会と共通するなら、直前でひっくり返して、危機感からまとまったのは2010年大会と共通している。

それだけじゃなく、14年のブラジル大会で惨敗を味わった選手のリベンジの想いを汲んだり、2002年の日韓大会と2010年大会で決勝トーナメントに進出した際、グループステージで力を使い果たした反省から、今回は余力を残して決勝トーナメントに進出したりと、今大会は日本代表のこれまでの歩み、成果、反省、課題をうまく集約できたな、と感じます。それは、日本人監督だったからこそ、かなと。

青山 外国籍監督の場合、どうしても継続する部分が途切れるというか、いったんゼロベースに戻ってしまいますからね。

飯尾 だから、見ていて98年大会から物語が紡がれている感じがしたんですよね。

 そういう意味では、チーム全体の雰囲気も2010年に似ていましたよね。

西野さんが監督になってから、全員にチャンスがある状態になりましたけど、初戦を戦い終えてから序列が明確になったじゃないですか。もちろん、サブの選手は盛り上げていたし、ネガティブな雰囲気は出さなかったけど、心の中では葛藤を抱えていたと思うんです。槙野がベルギー戦後のミックスゾーンで答えなかったのも、しゃべると自分の感情を吐き出してしまいそうだったからじゃないかと。

ただ、2010年の南アフリカ大会のときに「サブの選手が腐らずにやっていたから勝てた」という成功体験があったから、今回もサブの選手が頑張れたし、本当に支えていた部分はあったと思う。そういう点でも、日本サッカーがワールドカップで培ってきたものがあったからベスト16という結果を出せたんじゃないかと思います。

■PROFILE

飯尾 篤史(いいお・あつし)
1975年生まれ。東京都出身。明治大学を卒業後、週刊サッカーダイジェストを経て2012年からフリーランスに。10年、14年、18年W杯、16年リオ五輪などを現地で取材。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』、『残心 中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』などがある。

北 健一郎(きた・けんいちろう)
1982年生まれ。北海道旭川市出身。2005年からストライカーDXで編集担当を務め、フットサルナビなどでも原稿を執筆。09年に独立後、ワールドカップは2010年大会から3大会連続取材中。現在はサッカー、フットサルを中心に活動する。主な著書に『なぜボランチはムダなパスを出すのか?』、『サッカーはミスが9割』など。

青山 知雄(あおやま・ともお)
1977年生まれ。愛知県出身。JリーグやJクラブのオフィシャル媒体を担当し、2010年から2014年まで『Jリーグサッカーキング』編集長。ワールドカップは1998年大会から現地観戦し、今大会は『Goal.com』グローバルチームの日本代表担当として現地取材。今回の代表チームは2015年のハリルジャパン練習初日から追い続けてきた。

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