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EURO2012注目選手(2):ルカ・モドリッチ

クロアチアのクライフ


代表スタッツ
  出場試合数
得点数
クロアチア代表
54 8
U-21クロアチア代表
15 2
EURO2012予選 10 1
国際大会本大会
5 1
2011-12 クラブスタッツ
  出場試合数
得点数
トッテナム
42 5

子供の頃のモドリッチは簡単に大きくなったわけではなかった。クロアチアのオブラバツで生まれたが、6歳にして故郷から逃げ出さなければならなかった。クロアチアの独立戦争がぼっ発したためである。

軍隊にいる父親と離れ、家族はイズ島で難民として暮らしていた。そこで出会ったのが、サッカーである。サッカーは必要な技術とともに、より高いレベルでプレーする欲求を植えつけた。比較的遅咲きだったモドリッチが最初のクラブであるディナモ・ザグレブに入ったのは、17歳になった2002年のことである。

2度のレンタルを経て、クロアチアでも有数の才能としての名声を確立した。06年3月には、3-2で勝利したアルゼンチン代表戦で代表デビューを飾っている。その年、交代出場ながらワールドカップ(W杯)で2試合を戦った。

だが、ドイツでの大会後にスラベン・ビリッチが監督に就任すると、この「クロアチアのクライフ」は中盤での定位置を失った。今ではベテランの域に入りつつあるが、54キャップどまりなのはそのためである。

ディナモでさらに2つのリーグタイトルを手にすると、08年夏に1650万ポンド(2060万ユーロ)でトッテナムに移籍した。この細身のMFは最初の数カ月間、プレミアリーグのフィジカルの強さに戸惑った。フアンデ・ラモス監督に、中盤の深い位置で起用されたことも、事態を難しくした。

より攻撃的な役割を与えたのは、08年10月に就任したハリー・レドナップだった。すると09-10シーズンには、クラブの4位フィニッシュに貢献する。クラブ史上で初めてのチャンピオンズリーグ(CL)出場権を獲得したのだ。その働きぶりには、スパーズのファンが選ぶクラブ年間最優秀選手賞が贈られた。

だが、ファンはすぐにモドリッチに背を向け始める。本人が、「さらに大きな」クラブへの移籍希望を公言したためだ。マンチェスター・ユナイテッドからの関心にもスパーズは首を縦に振らず、昨夏の移籍市場最終日のチェルシーからの4000万ポンドのオファーもはねつけた。

「スペインでもイタリアでも、簡単にフィットするだろう。
彼の名前はクロアチアとイングランド
だけで知られているのではない。
彼はワールドクラスだよ」


- スラベン・ビリッチ

再びトップ4を目指したモドリッチだが、それまでの調子を取り戻すのには苦労した。最近では、こう公言している。「自分の将来については、EUROが終わってから決断する。どこで自分のキャリアを続けるか、決断を下すよ。大きなテストへの準備はできている」。

周囲は気をもんでいるが、ビリッチはモドリッチが「本物」であると強調する。

「スペインでは、誰もが彼のことを知っている。イタリアだって同じだ。そこのチームには、どこででも簡単にフィットするだろう。彼の名前はクロアチアとイングランドだけで知られているのではない。自分で世界的なステータスを築いたんだ。彼はワールドクラスだよ」

新しい挑戦に向かうためにも、EUROでの成功は欠かせない。



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