Peace Cup選手プロフィール:フレデリック・カヌーテ

スペインで才能が開花

Kanoute, Espanyol-Sevilla (MARCA)

フレデリック・カヌーテはイングランドにいる間、常に信じられないポテンシャルを秘めていると考えられてきた。だが、彼が本当に輝き、今日のように偉大なストライカーとなったのは、スペインへと移ってきてからだった。

ウェスト・ハムやトッテナムでは、きらめきを放つものの冷淡さも垣間見えた。よい評価がなかなか得られず、くすぶっていた時期だ。ゴールデンブーツ賞に輝いたディエゴ・フォルラン同様、カヌーテはリーガエスパニョーラに移ることで、自身の価値を証明する舞台を得た。現在では、最高のターゲットマンの一人と称されている。

地元のリヨンでキャリアをスタートさせたものの、レギュラーには定着できなかった。だが、前線で持ちこたえ、周囲とともにゴールを狙うプレーと能力は、ウェスト・ハムを獲得に動かした。彼自身も、イングランドでプレーできることを喜んだ。

ウェスト・ハムでこの長身FWは、84試合で29得点した。だが、彼の想像性にはファンは納得しなかったので、2003年にはトッテナムへと移った。

再びサポーターの意見は分かれたが、多くは彼のゆったりしたプレースタイルはプレミアリーグでさらに上を目指すには向かないと考えた。また64試合で14ゴールという結果も、彼の正当性を証明する助けにはならなかった。

だが、セビージャは確信を持って05年、彼に650万ユーロを支払った。ロンドンでは多くが、得をしたのはトッテナムだと考えたが、それはすぐに間違いだったと考えを改めることになる。

フアンデ・ラモス監督の速攻は、ウィンガーやMFが前線に飛び出すのを助けるカヌーテのボールを収める技術に負っていた。彼はクラブがタイトル争いをする中での、重要なピースだった。サイドから激しく仕掛けるヘスス・ナバスやダニ・アウベス、コンビを組むルイス・ファビアーノとともに、カヌーテは本拠地ラモン・サンチェス・ピスファンで大暴れした。国際レベルでは、フランスではなくマリの代表チームを選択した。だが、彼のルーツであるマリがW杯本大会でプレーするという彼の夢は、まだかなっていない。

セビージャはまだ、タイトルを獲得していない。だがまたもカヌーテが輝くことで、クラブはCL出場圏内の3位でリーグ戦を終えた。Peace Cupはカヌーテにとって、新シーズンが始まる前に、もう一度高いレベルに達することができるのだと再確認する場となる。

 

 
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