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コートジボワール出身のFWエマヌエル・ラッテは両親に連れられ移民としてイタリアにやってきた。それは、ラッテが8歳のときである。しかしこの出来事が、彼に多くの幸運をもたらすこととなったのだ。

移民としてイタリアへやって来たアタランタの新星、FWエマヌエル・ラッテ。彼がこれまでに歩んできた道のりは、まさに夢物語。ある種のシンデレラ・ストーリーとでも言うべきであろうか。

物語の始まりは、彼が8歳のときに遡る。ラッテはコートジボワールで生まれ、そこで成長を重ねていた。しかしある日、両親が職を求めてイタリアに渡ることを決意する。それに連れられる形でイタリアの地を踏んだのだ。

幸運にも父親はイタリア北部、クレモーナの工事現場で職を得た。それに伴い、ラッテは地元チームのエスペリア・カルチョでサッカーを始めるのだが、その出来事が運命を大きく変える。そこでプレーを続けた結果、アタランタのスカウトの目に留まったのだ。ラッテは当時の心境をこう語る。

「実はアタランタからオファーを受けたとき、僕はチーム自体を知らなかったんだ。コートジボワールでは、プレミアリーグやリーグ・アンの方が人気があったからね」

ラッテは当初、慣れ親しんだクレモーナを離れ、アタランタが拠点を置くベルガモへ行くことを望んでいなかったという。両親と離れ離れにならなければならない上、母親が作るコートジボワール料理の「アロコ(ジンジャー風味の辛口トマトソースをつける揚げバナナ)」が食べられなくなることが不安だったそうだ。最終的にラッテは入団を決断したが、月に1度はクレモーナへ帰っていたそうだ。​

しかしアタランタで彼の才能は花開く。ユースチームでは大量得点を上げ、チームをリーグ優勝へ導いた。物凄いスピードとテクニックはFWジェルヴィーニョを彷彿とさせた。

ジャンピエロ・ガスペリーニ監督はすぐにラッテの才能に気づき、トップチームに昇格させた。デビューを飾ったコッパ・イタリアで対戦した相手は、ラッテが育ったクレモーナのチーム、クレモネーゼであったのはちょっとした運命のいたずらであろうか。ラッテはそこでも結果を残し、その後も出場の機会に恵まれた。そして、ユヴェントス戦ではゴールを決めることにも成功したのだ。スピードでDFシュテファン・リヒトシュタイナーを置き去りにし、GKネトが守るゴールを破った。まさに夢のような瞬間であった。

ラッテのゴールで試合結果を変えることはできなかったが、自身のシンデレラ・ストーリーの大切な1ページとなったことに違いない。

「ここでゴールを決めたなんてまだ信じられない。コートジボワールから移住を決めたパパにも感謝したい。家族でイタリアへやって来たとき、僕は8歳だったけどいつもあきらめるなと励ましてくれたんだ」

ラッテの運命はいつでも幸運なことがついて回る。しかし、それはただ単に幸運なのではない。彼の努力によって、幸運が引き寄せられているのだ。

ラッテのシンデレラ・ストーリーはまだ始まったばかりだ。これからセリエAで飛躍を遂げ、強豪チームからゴールを上げていかなければ、よくある“早熟の天才”の物語として片付けられてしまうことだろう。

この物語がハッピーエンドとなるのか、それとも王子様という幸運と巡り合うことはできないのか。結末はまだ、誰にもわからない。願わくば、コートジボワールを離れることを決意した両親の顔に、今以上の笑顔が浮かぶ未来が訪れてほしいものだ。

文=マルコ・トロンベッタ/Marco Trombetta

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