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回避できなかった8年前の再現

2006年の大会は、最も最近の悪い例として再現を避けるべきモデルであるはずだった。

結果が出てみれば、日本代表はドイツ大会とほぼ同じ戦いを繰り返してしまったことになる。初戦では先制しながらも逆転負け(2006年は1-3、今回は1-2)。2試合目は退屈なスコアレスドロー。最終戦は、少々厳しすぎるスコアでの1-4の敗戦だ。

ブラジルでの問題は、当然ながらまずディフェンスにあった。コロンビアに許した2失点目は守備の組織力不足が露呈された結果であり、このレベルの戦いでは明らかに悲惨な結果をもたらしてしまうものだった。

何も驚くには当たらないだろう。ブラジルで見せた守備面のパフォーマンスは、これまでに見てきたものと何も変わってはいないだけなのだから。

ザッケローニ監督が何も本格的には変えようとしないまま、日本代表はこの1年間、ニュージーランド、ベルギー、オランダ、セルビア、メキシコに対して2ゴール、ザンビアとブラジルに対して3ゴール、ウルグアイとイタリアに対して4ゴールを許してきた。

シーズンの大半をベンチと負傷離脱で過ごしてきた選手と、所属クラブでMFとしてプレーしている選手というのは、センターバックとしてベストな組み合わせの選択肢だったのだろうか? 生まれついてのリーダーシップも兼ね備える2010年大会のヒーロー、闘莉王はこの4年間で一度もチャンスを与えられる資格はなかったのだろうか?

ウイングバックとして活躍できる可能性を持った選手(長友と内田のほかに、たとえば槙野や安田も)が多い日本にとって、2度の国内リーグ優勝を果たした広島の3バックに30試合や40試合の国際経験の機会が与えられていたとすれば、その出来は現在の守備陣より劣るものになっていたと言えるだろうか?

いずれにしても、ザックはいくつかのゴールを奪われることは仕方ないとした上で、それ以上のゴールを奪えることを望んでいた。大会前に行われたコスタリカ、ザンビアとの親善試合の戦いはまさにその通りだった。

本田はコンディションを考慮に入れれば信じられないほどの奮闘を見せていたし、南アフリカに続いて日本のベストプレーヤーであることを示した。大久保や岡崎は、最高の力を発揮できたわけではないが勇敢に戦い、後者は2大会連続となるゴールも記録してみせた。

攻撃陣で本格的に落胆させられたのは香川真司だった。マンチェスターでのシーズンに見せた低調ぶりをそのままブラジルに持ち込んでしまっていた。3試合を通してプレーに決断力を欠き、ぎこちない姿を見せていた。

たとえばほんの1年前に、彼がイタリアに対してどれほど輝きを放ったか覚えているだろうか。彼が魔法をかけなければ、サムライブルーには攻撃に火を点けるのに必要な閃きが不足してしまう。結果、3試合でわずか2ゴールしか記録することなく帰国することになった。

香川の秘めた才能と莫大なポテンシャルを考えれば、彼の完全復活は日本代表の新監督がまず最初に気を遣わなければならないことだ。ファン・ハールがモイーズ以上に彼を助けてくれることも期待される。

そして監督といえば、ザックはそのサイクルの中で(アジアでの2つのタイトル獲得も含めて)多くのポジティブな結果も残してきたが、最終的に彼がブラジルへ連れて行ったのが一面的な顔しか持たないチームだったこともまた事実だ。完璧なフィジカルコンディションにあるときしか競争力を発揮することができないチームだった。

コンフェデレーションズカップとワールドカップ(W杯)をトータルした成績は容赦のない事実を突きつけている。1分け5敗、計15失点という数字である。

最後に、もう一つ改善が必要な部分は、全体的な日本のサッカー文化そのものだ。

選手たちをタレント化、アイドル化する扱いは日本サッカー界にお金と新たなファンをもたらしはするが、実力主義の世界で文化的に成長を遂げる上では何の役にも立たない。

この問題に触れてしまえば1本のコラムではとても足りず、1冊の本が必要になるだろうが、一つの例を挙げさせてほしい。

コロンビア戦で残り時間が10分を切り、日本がグループステージを突破するためには4点、その後5点が必要となったときに、TVコメンテーターとサポーターたちは、日本に現実的な逆転の可能性がまだ残されているかのような物言いをしていた。

いくら日本の最高の選手たちがTVのドキュメンタリー番組や広告でスーパーヒーローとして扱われようとも、そんな奇跡はW杯の舞台ではなく、キャプテン翼の中でしか起こらないことだ。

日本サッカー協会とJリーグの奮闘のおかげで、日本のサッカー界は過去20年間に信じられないような成長を遂げてきた。だがザックも正しく指摘していたように、「日本サッカーの成長は止まってはならない」のだ。

彼が指していたのは、ピッチ上でプレーするサッカー選手たちだけではないと思う。メディアや個々のサポーターも含んでのことだ。

代表チームをTVドラマの中の存在のように理想化し続けるわけにはいかない。世界的なコンテクストの中に日本サッカーを位置づけられるようにしていくことが必要だ。今回のW杯でも示されたように、世界の舞台での戦いは美しくも無慈悲なものだ。


文/チェーザレ・ポレンギ
GOAL JAPAN編集長。ツイッターアカウントは@CesarePolenghi

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