ベン・メイブリーの英国談義:優勝にふさわしかった「チーム」

ピッチ上でベストの戦いを見せたのは…
クラブとしては、マンチェスター・シティは中立のファンの共感を得にくい存在だ。確かに金満サッカーの時代の幕を開けたのは彼らではなく、スタンフォード・ブリッジにおけるロシア革命にまで遡ることだし、海峡の向こうでカタール投資庁が行ったことに比べればイングランドサッカー界の競争環境を歪めたわけでもない。だが少なくともチェルシーやパリ・サンジェルマンには、巨額の資金が到来する以前から、国内外でそれなりに栄誉獲得に向けて挑戦していた近年の経歴があった。イギリス国内の意識としては、2008年にシェイク・マンスールがイーストランズ(後のエティハド)に白紙小切手を携えてやってきたのはなかなかの衝撃だった。ほんの9年前には3部リーグで戦っており、1970年代半ば以来主要タイトルの獲得にほとんど挑戦できていない中位クラブだったからだ。

シティは急速に力をつけたため、2シーズン前からチャンピオンズリーグに参加し始めた時点では十分なUEFAポイントを稼げておらず、立て続けに死のグループに組み入れられてファンを悔しがらせる結果となった。ようやくベスト16進出を果たすことができたのは今シーズンのことだ。現在は、ファイナンシャル・フェアプレー規定の下で処分を下される可能性のある9クラブの中にプレミアリーグで唯一入っているシティだが、他の8クラブとは異なり先週金曜日の期限までに過失を認めて和解に合意することを拒否したため、さらに厳格なペナルティーを科される危険もある。『オブザーバー』のデイビッド・コン氏が指摘したように、マンスール指揮下の幹部たちは「現代的な企業型スポーツ組織を作り上げ、望み通りのものを得ることに徐々に慣れてしまっていた」ということだ。

今季のピッチ上では、シティは必ずしもヒール役を割り当てられていたわけではないだろう。悪役が存在していたとすれば、「ハッピー・ワン」どころかいつも不機嫌な様子だったことに加えて、例の守備一辺倒な戦術を展開していたジョゼ・モウリーニョの方だったと言える(とはいえ、アンフィールドでのチェルシーの戦術とその遂行は見事だったと筆者は思う)。では、シティが物語のヒーローの側だったかというとそれも明らかに違っている。その役を当てられたのは最初はアーセナルであり、その後のより長い時期にわたってはリヴァプールだった。魅力的で攻撃的なサッカーを展開し、油田一つの力も借りることなく巨大な経済帝国を打ち破ってしまうヒーロー役だ。ブレンダン・ロジャースのチームが計38ゴールを記録して11連勝を達成すると、英国メディアだけでなく国際中継のコメンテーターたちまでもが、リヴァプールの24年ぶりのリーグ優勝を単なる展望以上のものとして語っていた。スティーブン・”スティーヴィーG”・ジェラードがついに手に入れる初のリーグタイトルである。

だが、こういった配役は実際に試合に臨む選手たちやコーチ陣、監督にはあまり関係のないことだ。彼らが意識するのは物語でも収支でもなく、プレーして勝つことだ。チャンピオン「チーム」―「クラブ」ではなく―とは、最も良いプレーをして最も勝つことができるチームであり、シーズン全体を通して最強であることを示すチームだ。この最も基本的な要素において、マンチェスター・シティは疑問の余地なく今年のタイトルにふさわしいチームだった。

マヌエル・ペジェグリーニが引き継いだのは、ドレッシングルームが分裂した状態のチームだった。前任者のロベルト・マンチーニは2011-12シーズンのプレミアリーグを(辛うじて)制した攻撃的手法への自信を失ってしまった様子で、戦術を消極的な方向へといじくり回した挙句ろくに結果を得られず、何人かの中心選手たちと衝突してしまっていたからだ。だが、ペジェグリーニはシンプルかつ効果的なやり方を維持し続けた。ベーシックな4-4-2に、出場する選手の特徴に応じた形態的修正を反映させた戦い方は、シティがその攻撃力を活かして国内の大半の相手を圧倒する上での十分な基礎として機能することになった。

ナイジェル・デ・ヨングを売却するという奇妙な決断のため、マンチーニ時代の終盤にはより守備的な役割を負わされて怖さが消えていたヤヤ・トゥーレは、中盤にフェルナンジーニョが加わった恩恵に預かってリーグ戦で9つのアシストと20ゴールを記録することになった。見事な復活で再び脚光を浴びることになったヤヤは、ルイス・スアレスと年間最優秀選手を争う唯一の本格的なライバルだと見なす者が多かった。前線のアルバロ・ネグレドは、スペインでのゴール記録はスパーズの新加入選手ロベルト・ソルダードと同程度だったが、はるかに早くイングランドのサッカーに適応してセルヒオ・アグエロと破壊的なコンビを形成した。12月半ばにアーセナルを6-3と粉砕した試合でアグエロがふくらはぎを痛めるまでに、シティの前線コンビはすでに合計32ゴールを記録していた。

最終ラインには当初は不安もあった。ヴァンサン・コンパニをはじめとする選手たちの負傷のため、シティはリーグ戦の最初の11試合でCBコンビに7つの異なる組み合わせを用いる必要があった。この間アウェーでの6試合でわずか勝ち点4しか獲得することができず、カーディフ・シティ戦、アストン・ヴィラ戦、チェルシー戦と相次いだジョー・ハートの派手なミスの連続も含めて全体的に守備が不安定だという感覚があった。だがペジェグリーニはここで冷静なマネジメント能力を発揮。ナンバー1の守護神を1カ月間最前線から遠ざけた後、練習場で自信と集中力を取り戻したのを確認した上で、さらに1カ月をかけて徐々にチームに復帰させていった。

ハートの復帰と歩調を合わせるように、シティはクリスマスを挟む前後の期間にリーグ戦12試合で11勝1分けという圧倒的な快進撃を見せる。後方が安定を取り戻したことに支えられ、アグエロを中心とする攻撃面ではこの期間に計40ゴールを記録。スアレス、スタリッジ、スターリングの春先の活躍の方がより称賛されたが、それに並ぶペースの驚異的な戦いぶりだった。

そして、シティの最もチャンピオンらしい力が光ったのは特にシーズン終盤戦だった。アウェーのハル・シティ戦ではコンパニが10分も経たないうちに退場となったが、酷評されていたマルティン・デミチェリスが見事な集中力でディフェンスを統率して2-0で勝利。過去の優勝争いの経験はリヴァプールに対するアドバンテージとなった。今になって振り返れば、コンパニのミスにより2-3で敗れたことで隠される形となったが、アンフィールドでも後半の反撃でホームチームに厳しい試練を強いていた。コンパニのミスを帳消しにするかのように、同じくらい尊敬される選手であるジェラードがチェルシー戦であのスリップを犯してしまったのは悲しいことではあったが、ペジェグリーニのチームはまだ同日に行われるクリスタル・パレスとの難しいアウェーゲームでチャンスをつかむ必要があった。この試合と1週間後のエヴァートン戦で落ち着いて勝ち点3を獲得したことで心理的に勢いを増すと、一方のリヴァプールはセルハースト・パークに乗り込んで波乱の一戦を演じることになってしまった。

終盤戦では相次いで決定的なゴールを決めたエディン・ゼコがチームをけん引し、最も勝つべきところで勝つことができたシティは、結局最終日には2年前よりもはるかに楽にゴールラインを駆け抜けることができた。経済的なアドバンテージがあったかどうかに関わらず、ペジェグリーニの就任1年目に見事なパフォーマンスを披露したシチズンズは、プレミアリーグでリヴァプールさえも1点上回る計102ゴールを記録した上に、チェルシーを除くどのチームよりも少ない失点しか許さなかった。レッズとブルーズは見応えある勝負を繰り広げてくれたが、実際にサッカーがプレーされたピッチ上において、最もチャンピオンにふさわしい戦いを見せたのはマンチェスターの男たちだった。


文/ベン・メイブリー(Ben Mabley)
英・オックスフォード卒、大阪在住の翻訳者・ライター。『The Blizzard』などサッカー関係のメディアに携わる。今季も毎週火曜日午後10時よりJスポーツ2『Foot!』にてプレミアリーグの試合の分析を行う。ツイッターアカウントは@BenMabley