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逃せない千載一遇のチャンス

F1を観戦してきた中で、特に強く記憶に残っているシーズンが2つある。どちらもお気に入りの英国人ドライバーが、劇的な形で最終レースに敗れてタイトル獲得を逃したシーズンだ(イギリスにはどんなスポーツでも、栄誉ある敗戦を称える風潮がある)。一つ目は1986年。ナイジェル・マンセルがシーズンを通してネルソン・ピケと激しい争いを繰り広げた年だった。2人は圧倒的な強さを誇ったウィリアムズ・ホンダに乗っていたが、最終的にはおそらくパワーで劣るマクラーレンTAGのアラン・プロストにタイトルをさらわれてしまった。もう一つはより最近の2007年。デビュー1年目のルイス・ハミルトンが、間違いなくこの年最強の車だったマクラーレン・メルセデスに乗ってチームメートのフェルナンド・アロンソと争ったが、どこからともなく表れた赤いフェラーリのキミ・ライコネンが栄光を持ち去っていった。

パターンは明らかに共通している。どちらのシーズンも、大規模資金をバックに持ち、他のライバルが夢見ることすらできないような戦力的リソースを有する二者が明らかに先行していたということだ。そういった状況の中、彼らはシーズンを通して周囲からの注目も独占していた。2人のどちらかがメディアを利用してもう一人に心理戦を仕掛けることで注目が集中し、たとえ他の競争相手がシーズン途中で力を見せ始めたとしても、結局はどこかでフェードアウトして、優勝候補の2人にまたスポットライトが集まるはずだ、と誰もが信じてしまうような部分があった。だが、そうはならなかった。実際には3番手の、予想外の候補が最も力強くシーズンを戦い終え、馬力に勝る相手がギアをトップに入れられず苦しんでいる間に抜き去ってしまった。

閉幕が迫りつつある2013-14シーズンのプレミアリーグでも、我々は同じ現象を目撃しつつあるのかもしれない。それぞれ監督を交代したとはいえ、今年は巨額の資金を持つ2クラブが主役となるはずだった。マンチェスター・シティとチェルシーだ。だが昨季首位と28ポイント差の7位に終わったリヴァプールが、今回手に入れた有利な位置を最後の1カ月を通して維持できたとすれば、四半世紀近く前に旧フットボール・リーグのトロフィーがアンフィールドを最後に訪れたとき以来、最も見事な形でのタイトル獲得として記憶されることになりそうだ。

この長い不毛の時代を通して、根拠のない楽観論を持ち続けたリヴァプールサポーターはしばしばジョークの対象とされてきた。数年前には、シーズンの様々な時期にコパイト(リヴァプールファン)たちが「今年こそ俺たちの年だ」と主張する強気さの度合いを、「リヴァプールの浮沈サイクル」としてチャート化した画像がインターネット上に出回ったこともあった。グラフによれば、5月から8月にかけては好況ムードが最高潮に達し、リヴァプールは突然のように各ポジションに世界最高の選手を揃えていると見なされることになる。それを否定する実際の試合が行われていないためだ。だがシーズンが開幕してしばらくは「いける!」と信じ続けたファンも、彼らのチームに想像していたほどの力がないことを徐々に理解し始める。クリスマス前後には「タイトル挑戦への残り火が完全に消え去る」ことで不況ムードがどん底に達するが、彼らの自信は1月以降に長い上昇基調へと転じ、その後ピークに達することになる。合言葉は「来シーズンを待とう」だ。

だが、今シーズン開始前のマージーサイドのムードは異なっていた。すぐに栄誉を手にすることができるという予想はあまり見られず、過信に代わって、より地に足の付いた長期的展望が持たれているように思われた。だが、これは悲観論や諦観だと誤解すべきものではなかった。むしろ、本物の期待を持てる素地が整ったことが現実的なアプローチを生んでいたと言える。ヒックス&ジレットによる混乱の時代の後遺症も一因だが、他のライバルたちとの差はあまりに大きく、当然ながら12カ月間で乗り越えられるものではないはずだった。だが、効果的で魅力的なフットボールの青写真を描いて監督に就任したブレンダン・ロジャースは、適切な戦力と準備期間を与えられれば、プレミアリーグ創設後のどのリヴァプールの監督よりも国内での成功を(ひょっとしたら)もたらしてくれる可能性が高いのではないかと感じられていた。ラファ・ベニテスよりも、ということだ。

「かみつき」や出場停止、移籍の要望やアーセナルからの厚かましいオファーなど、ルイス・スアレスをめぐる様々な騒動によって、一時は状況が間違った方向へ進んでしまうのではないかという不安もあった。だがたとえスアレスがチームにいたところで、タイトル獲得が話題に上ることなどなかった。シーズン前のリヴァプール優勝のオッズは33倍。クラブ内部も英国メディアも、2014年5月に達成すべき目標は4位以内に挑戦することだと意見を一致させていた。デイビッド・モイーズ率いるマンチェスター・ユナイテッドの抱える問題が予想以上のものだと判明し、チームを十分に補強できなかったアーセナルが息切れを始めた頃になっても、ロジャースのチームが3位より上でシーズンを終えることを支持する理由はほとんどないように思えた。前のシーズンを4位圏外で終えていたチームがチャンピオンになるというのは、1989年のガナーズ以来起こっていないことだ。資金力が大きく物を言う現代においては、選手層に勝るシティとチェルシーに最終的には押し切られるはずだった。

そういったすべての状況を考えれば、栄光まであと4勝という現在地にいるだけでも、すでにリヴァプールがどれほど衝撃的なことを成し遂げているかがよく分かる。同じくらい衝撃的であり、より一層スリリングであったのは、彼らがこの結果を成し遂げてきたやり方だ。立て続けにゴールを奪ってアーセナルを5-1と粉砕した2月の試合の時点でも、「今季」の彼らが行けそうだと信じ切れない者はまだ残っていたし、このコラムでもそうだった。だが勢いは止まらず、リヴァプールはそこからすべての試合に勝ち続けてきた。1試合あたり3.5ゴールという驚異的なアベレージを記録しての10勝である。スウォンジー・シティとカーディフ・シティにそれぞれ3点を許すディフェンスはチャンピオンにふさわしいものではないとしても、今季のどのライバルも完璧ではなかったし、イングランドサッカー界で一世代にわたってこれほど破壊的な恐るべき力を持ち続けた攻撃陣もなかった。ロジャースの青写真は進化し、適応し、成熟してきた。

スアレスとダニエル・スタリッジが珍しく不発に終わっても、リヴァプールはメンタル面で重要なハードルを乗り越えてきた。アラダイス・イズムの浸透したウェスト・ハム・ユナイテッドも退けたし、一見して回避不可能かと思われたアンフィールドでのマンチェスター・シティの反撃も振り切った。彼らの経験不足が最後の大きな試験にかけられるのは4月27日のチェルシー戦。ロジャースが対戦するのは、彼を破るためのプランを持っている可能性がおそらく最も高い監督だ。スタリッジとジョーダン・ヘンダーソンの欠場が見込まれることも道のりをさらに厳しいものとしている。

だが、認識は変化しつつある。日曜日の試合を終えて興奮気味だったスティーブン・ジェラードは、試合に一つずつ向き合っていくべきだと強調していた。だがリヴァプールは、チャンスがそこにあることも分かっているし、これ以上のチャンスがあり得ないことも分かっている。来シーズンは欧州での大会も含めた忙しいスケジュールを戦わねばならないし、チェルシーもシティもそれぞれの監督の意図をより強く反映させた補強を行ってくる。ユナイテッドも今季ほどの失態を繰り返すことはないはずだ。今年こそ、まさにリヴァプールの年だ。そうしなければならない。


文/ベン・メイブリー(Ben Mabley)
英・オックスフォード卒、大阪在住の翻訳者・ライター。『The Blizzard』などサッカー関係のメディアに携わる。今季も毎週火曜日午後10時よりJスポーツ2『Foot!』にてプレミアリーグの試合の分析を行う。ツイッターアカウントは@BenMabley

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