コラム:GKコーチの理想的な仕事とは?(前編)

『岡崎篤のメールマガジン』より特別寄稿
スペイン・バスク地方のゲルニカで、育成とトップチームのGKコーチを務めるジョアン・ミレット氏。

ここ8年間で多くのGKをゲルニカからアスレティック・ビルバオへ送り出し、現在もビルバオのトップチームで活躍するゴルカ・イライソス、スペイン代表U-17正GKのウルチ・エルレアガなど、彼の教え子の4人がアスレチック・ビルバオに在籍している。

小さな町であるゲルニカの人口は約1万5000人。ビルバオ市の35万人に比べれば圧倒的に少ない。このような分母の差にもかかわらず、アスレティック・ビルバオで活躍するGKの多くがゲルニカから輩出されているのは驚異的な事実と言えるだろう。

ジョアンの指導はいったい何が優れているのか? 他のGKコーチとは何が違うのか?

以下の記事は、ジョアンや周囲の指導者、あるいは教え子のGKコーチに対するインタビューを配信した、『岡崎篤のメールマガジン』より、岡崎氏に一部を寄稿していただき、構成した。

尚、ジョアンは今夏に来日し、日本のJクラブや街クラブの指導者を対象にGKの指導者講習会を行っているが、インタビューはその前に行われたため、日本での講習会に対する意気込みも含まれている。


■技術の重要性について
ジョアン:「僕の仕事の基礎となっているのは技術分析だよ。そしてこの僕の理論が発展してきたのは、その分析を続けてきたからなんだ。僕は日本に行ってメニューを紹介するようなことは絶対にしない。もし日本の方々がメニューの紹介を求めているのであれば、他の指導者、いわゆる“メニューをこなさせる”コーチを招聘した方がいい。なぜなら僕はそういった指導者ではないからね。
 僕は“教える”指導者だよ。それも"ボールはこうやってつかむんだ"という誰も教えないような超基礎からね。僕はまず必要なものを教え込む。そしてそれが出来てからメニューをこなさせる」

■苦しむキーパーたちを見てきた
ジョアン:「20年前、僕は今の指導者がやっているようなことをやっていたよ。とにかくメニューをたくさんこなさせていた」
―なにがあなたを変えたのですか?
「僕は次第に気づいていったんだ。自分が指導するキーパーたちが、全然上達していないことに。彼らはたくさんのミスを犯していた。彼らは苦しんでいたよ。僕は彼らを助けたいって強く思うようになったんだ」

■空手からのインスピレーション
ジョアン:「完璧なキーパーを育てたいと思うようになった僕は、色々考えるようになった。僕の息子イケルは小さい頃からずっと空手をやっていた。空手に取り組むイケルの姿を見ることは、実は僕の指導理論に大きな影響を与えたんだ。空手っていうのはとても技術に重きを置くスポーツだよね? 僕はイケルの動きや先生の指導を熱心に見ていたよ。
 どうやって腕を動かすのか。どのように体を動かすのか。そこでは、”こうじゃなくてこうだ”という風に、とてもきめ細かな指導が行われていた。”そんなの一緒だろう”と思われがちだけど、そこには大きな違いがあるよね。一つ一つの動きに重要な理由が隠されてる。長い長い年月をかけて作られた人々の経験や研究背景がそこにはあるんだ。すべての動きは歴史の中で醸成されてきたものなんだよね。僕はこれらの考え方はキーパーの指導にも当てはまることだと考えた」

■キーパーが伸びるために必要なもの
ジョアン:「大事なこと。それは”どこにエラーがあるのか”を知る能力を持つことだよ。ゲルニカで育ったキーパーは、自分がミスを犯した場合、どの段階で自分がエラーをしたのか自分で分析することができる。なぜならすべての段階を理解しているからね。それはキーパーがさらに成長することを後押しするんだ」

■大事なのは、練習が終わってから練習が始まるまで
奥さんのイチャソは呆れたように言います。
「私に与えてくれる時間は30分なのよ。残りの時間は全部研究。ほんとに、、、苦笑」
ジョアンは言います。
「練習場だけで仕事をするのは簡単だ。だけど、いちばん大事なのは練習が終わってから練習が始まるまでだよ」

毎週日曜日の試合後、彼の仕事には熱が入ります。家族が寝静まった夜、部屋にこもってパソコンと格闘するのだとか。翌日月曜日に行われるキーパートレーニングで個人にしっかりとしたフィードバックを行うためです。

■指導者としての大きな転換期
これまで様々なビッグクラブからのオファーを断ってきたジョアン。その主な理由は家族の存在です。しかし、ジョアンは昨年からプロのサッカーの指導者になりました。奥さんのイチャソと話し合い、それまで別に持っていた仕事を辞め、残りの人生をサッカーの指導に賭ける決心をしたのだそうです。
彼はよく言います。「今、どこかからオファーがあれば行くよ」と。

■カタールからのオファー
そんな話をしていたインタビューの最中、ジョアンの携帯が鳴りました。中東国カタールからのオファーです。現地のプロクラブとの交渉が始まろうとしています。ジョアンに付く代理人がこんなことを質問したそうです。
「もしカタールと日本の2つからオファーがあったらどっちを選ぶんだ?」
ジョアンはこう答えたそうです。
「そりゃ日本だよ。だって俺は日本が好きだからね」

■ジョアンからみた日本
「サッカー界には悪い意味で賢い人たちがたくさんいる。言い換えると、だます人がたくさんいるんだ。
 僕は思うんだ。世界にはまだそういった人たちがいない場所がいくつか残っているってね。日本はそのうちの一つだと僕は確信してる。そういった場所では、純粋に学びたいと思っている人たちがたくさんいる。そういった場所では、良い仕事をすることができるんだ」

■若い指導者に伝えたいこと
「30年前なんて僕は自分のことしか考えてなかった。1部リーグのキーパーコーチになることしか考えてなかった。でもね、指導する選手たちをただ利用していただけだったんだ。目の前にいる彼らが成長せず、苦しみ続けるのを目の当たりにしてこう思い始めたんだ。『誰か彼らの成長のために身を削れるような指導者がいなければならない』ってね。僕はこれまでのゲルニカでの仕事に満足して死ねるよ? だって自分の身の回りにいるキーパーたちに最大限のリスペクトを払って仕事をすることができているからね。
 僕は思うんだ。ゲルニカから良いキーパーが輩出されれば輩出されるほど、より多くの人たちが僕の棺桶を担いでくれるってね。だってとても悲しいことじゃない? 自分が死んだときにだれも自分を担いでくれないなんて。僕はそのために仕事してる」

―若い指導者に伝えたいことはありますか?
「“選手が僕たちのためにいるんじゃない。僕たち指導者が彼らのためにいる”ということだよ」


インタビュー/岡崎篤
ビルバオ市在住のサッカー指導者。大学では体育・スポーツ科学を専攻。現在はユースチームの監督をしながら、指導者ライセンスを取得中

出典:『岡崎篤のメールマガジン』
http://www.mag2.com/m/0001383930.html