ベン・メイブリーの英国談義:「ナショナルダービー」?

リヴァプールとマンチェスター・ユナイテッドのライバル関係
いつものルールとしては、Jスポーツで土曜日の夜に生中継されるプレミアリーグの試合の中から1試合を選び、翌週火曜日の『Foot!』で分析する。番組の進行表や、選び出した論点に適した映像クリップを準備するのに最大限の時間を使えるようにするためだ。だが今週は、どうしても特例を適用しないわけにはいかなかった。日曜日のランチタイムに行われたリヴァプール対マンチェスター・ユナイテッドの試合は、いつも以上に注目を集める理由となった社会的要因を抜きにしたとしても、どうしても無視することのできない試合だったからだ。過去7日間に視聴者の皆さんからツイッターで受け取った数多くのメッセージを見ても、アンフィールドから6千マイル離れたこの日本の地でさえ、イングランドサッカーのファンが純粋に「ナショナルダービー」に関心を集中させていることは明白だった。

ただし、あまり堅いことを言うつもりはないが、実際にこの試合がそう呼ばれているわけではない。筆者は日本に来るまでは「ナショナルダービー」という表現を一度も聞いたことがなかったと断言することができる。いわゆる「和製英語」のひとつであろう(この国でも、Jリーグのチーム間の序列が頻繁に入れ替わるのと同様に、「ナショナルダービー」という言葉の用法はかなり流動的なものだ。先週土曜日にはともにかつてのアジア王者である浦和レッズとガンバ大阪の試合がそう呼ばれたが、その実情は昨年降格の危機に瀕しながら今季は優勝争いに加わる浦和と、その正反対の状況にあるG大阪との対戦だった。5-0で後者の勝利という結果に終わったのは驚きではあったが)。

もちろんイタリアには、「イタリアダービー」と呼ばれるユヴェントスとインテルとの試合がある。1967年にジャーナリストのジャンニ・ブレーラ氏がこの言葉を作り出した時点では、最も多くのスクデットを獲得している2チームの対戦だった。この名称は、「ダービー」という言葉の派生的用法に関して一般に受け容れられている説明にちょうど論理的に当てはまるものだ。第12代ダービー伯爵にちなんで名付けられた有名な競馬レース「ザ・ダービー」から、19世紀前半にはその用法が拡大され、あらゆる大規模なスポーツイベントを指し示す英単語となった。だが英国内においては、サッカーであれラグビーであれ、クリケットであれゲーリック・ゲームズ(アイルランド島の伝統スポーツ)であれ、現在ダービーという言葉は同じ地域のライバルチーム同士の対戦を指す場合にしか用いられない。したがって、「ナショナルダービー」というのはやや矛盾した表現のように感じられてしまう。

ただしそれでも、リヴァプールとマンチェスター・ユナイテッドの対戦に関して「ダービー」という用語が使えないというわけでもない。両チームの本拠地はほんの30マイルしか離れていないからだ。実際のところ、この2チームの試合を称して「ノースウェストダービー」という言葉が(固有名詞的に、あるいは普通名詞的に)使われる例を目にすることもある。だが、Google News内でこの特徴的な表現が含まれる数少ない記事をよく読んでみれば、その多くはイングランド外部で書かれたものであることが分かる。国内リーグの中でも特に大きな意味を持つこのカードには、それにふさわしい呼称が必要だろうと考えたライターによる何気ない言葉の選択によるものであり、そのこと自体は十分に理解することができる。

しかし、やはり「ノースウェストダービー」という名もあまりしっくり来るものではないし、広く認められた表現でもない。北西イングランドには他にも多くのプロチームがあるし、リヴァプールとマンチェスターの町そのものに、それぞれの確固たる独自のアイデンティティに根ざした伝統的なライバル意識がもともと存在しているからだ。

経済面では、マンチェスターの繊維業は産業革命の中心であった。一方のリヴァプールは港町として繁栄していたが、マンチェスターの商人たちはその海港使用料が高すぎると考え、リヴァプールを飛ばしての物資輸送を可能とするためにマンチェスター運河を建設することになった(この運河は、言い伝えられるほどには商業的な成功にはつながらなかったが)。文化の面では、最近50年間に、両都市における有名な音楽シーンを通してその差が際立ってきた。マンチェスターのジョイ・ディヴィジョン、ザ・スミス、オアシス、マージーサイドのビートルズ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、ザ・ズートンズなどがその代表例だ。ひとつの都市内でのライバル関係や、その他のダービーマッチの関係性とは異なり、この2都市はあまり同じ領域では争っていないという感覚があり、ひとまとめにして語られることも望んではいない。

もちろん両クラブとファンが何よりも望んでいるのはイングランド最高のクラブという「高み」に立つことだ(その言葉の正確な意味は話者の都合によって異なるものだが)。しかし、両クラブが険悪な関係で争うことになったのは比較的最近のことである。先週土曜日の『インディペンデント』紙に掲載された秀逸な記事の中で、イアン・ハーバート氏は、1958年のミュンヘンの悲劇の際にはコップ(リヴァプールファン)も厳粛に追悼の意を示したことや、元リヴァプールのキャプテンでもあったユナイテッドの伝説的監督マット・バスビーが、リヴァプール監督のビル・シャンクリーにしばしば寛大な支援を申し出ていたことを指摘していた。今では考えられないことではあるが、「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」はかつて両クラブのサポーターが楽しげに歌っていた歌であった。1977年のFAカップ決勝で両チームが対戦した際には、ユナイテッドのファンが敗れたリヴァプールの選手たちを称えるためにこの歌を歌ったこともあった。

お互いの敬意は、まもなく嫉妬へと変化してしまった。リヴァプールが国内と欧州の舞台でかつて例がないほど立て続けに成功を収める一方で、タイトルに恵まれないユナイテッドは依然として最も人気の高いクラブであり、最も魅力的なクラブだと見なされていたからだ。この残念な変化は、80年代のフーリガニズムや、プレミアリーグ創設後まで続く罵倒だらけの派閥主義によってさらに強化されてきた。競技場の観客やツイッターやインターネット上のコメントの持つ匿名性がその罵倒をやりやすくしている。

とはいえ、日曜日の試合は基本的にはピッチ外での出来事にほとんど煩わされることなく行われた。試合終了後に両サポーターのごく一部が不快なチャントを歌い、ジェスチャーを見せていた程度だ。ヒルズボロの犠牲者たちに花束を捧げたユナイテッドファンのような「サイレントマジョリティ」以上に、そういった一部の者たちの行動がより大きくニュースで取り上げられてしまうのは残念でならない。

今後もこのカードに強いスポットライトが当たり続けることに変わりはないだろう。装飾的な言葉を用いずとも、その名前自体が強い響きを持つ試合だからだ。この試合はダービーではない。単純にリヴァプール対マンチェスター・ユナイテッドである。

文/ベン・メイブリー(Ben Mabley)

英・オックスフォード卒、大阪在住の翻訳者・ライター。『The Blizzard』などサッカー関係のメディアに携わる。今季は毎週火曜日午後10時よりJスポーツ3『Foot!』にてプレミアリーグの試合の分析を行う。ツイッターアカウントは@BenMabley