編集長コラム:スペインGKコーチの言葉

編集長コラムはじめました
こんにちは。Goal.com日本版編集長の清水英斗です。

これから「編集長コラム」と題した連載がアジア各国のGoal.comで始まるということで、僕も執筆させていただくことになりました。よろしくお願いします。第1回のコラムは、7月末にスペインのGKコーチ、ジョアン・ミレットと共に被災地を訪れたときの思い出を記しました。


被災地を訪れたスペインGKコーチ、ジョアン・ミレットの言葉

スペインのバスク地方に『ゲルニカ』という人口1万5千人の小さな都市がある。

ゲルニカといえばスペイン内戦中の1937年にドイツ軍によって無差別空爆を受け、多くの犠牲者を出した都市。その悲劇の様子を描いたピカソの絵画も有名だ。

ジョアン・ミレットは、この地のサッカークラブ『ゲルニカSD』に所属するGKコーチである。若いサッカー選手の育成に人生を捧げるジョアンの元からは、リーガエスパニョーラに所属するアスレティック・ビルバオへたくさんの選手が巣立っている。現在トップチームで活躍するGKゴルカ・イライソスも、ジョアンがゲルニカで育てたGKの一人だ。

今年7月、そのジョアンが日本を訪れ、Jリーグや街クラブの選手、指導者に対してGKクリニックを開催する機会があった。

そのときジョアンは、GKクリニック以外の日本滞在時のスケジュールに関して、主催者である株式会社アレナトーレ代表の高田敏志氏にある希望を伝えたという。

それは、「被災地を訪問したい」という願いだった。

納豆も梅干しも漬物も、何でも好き嫌いなく食べる日本通のGKコーチ。ジョアンは数年前に日本を訪れたとき、日本という国の美しさ、人々の温かさに感銘を受けていたという。

それだけに東日本大震災の発生には大きなショックを隠せなかった。次に来日したら必ず東北を訪れたい。サッカーを通じて日本の子どもたちを笑顔にしたい。

震災の悲報を聞いた直後から、ずっとそう思っていたとのことだ。

もちろん指導のギャラはいらないし、交通費も食費も宿泊費もすべて自腹で構わない。時間が許す限り、多くのものを見て、多くの人たちと会いたいと言う。

7月末、彼の願いは、被災地への物資提供や炊き出しなど継続的な支援を行っているサッカー日本代表サポーター集団『ちょんまげ隊』の協力により実現した。

被災地訪問1日目は、コバルトーレ女川の子どもたちがプレーする仮設住宅街の中にあるグラウンドでのGKクリニックと交流試合。2日目は大きな被害を受けながら一時期は外界から孤立して支援を受けられなかった地域、宮城県の牡鹿半島に位置する石巻市立大原小学校のグラウンドで交流試合(というか草サッカー)。

子どもたちとサッカーがある日常を楽しみつつ、南三陸や気仙沼、石巻の津波の被害をこの目でたしかめる2泊3日の旅。僕も同行した。

ジョアンが本気であることはすぐに分かった。

彼は来日する前にゲルニカ市役所に掛け合い、東北への親愛を示す盾を制作してもらい、持参していた。その盾はコバルトーレ女川へ寄贈。さらに南三陸の庁舎では、「ゲルニカより愛を込めて」というメッセージを書いたTシャツを贈った。

その人間味の温かさ、包容力、そして本当に子どもが好きなんだなと感じさせる笑顔。ジョアンのすべてに対し、僕を含む参加者全員が大きな感銘を受けていたのを、今でも鮮明に覚えている。

その感情は筆舌に尽くしがたい。以下にコバルトーレ女川の皆さんと宴会をしたときのジョアンのあいさつを紹介することで、少しでも伝えられればと思う。

「(震災の被害を見て)一言で言えば、衝撃でした。”がんばれ”と言うのは簡単ですが、それが決して簡単ではないことを私は知っています」

「私は、私の母親を愛していました。だけど、私が小さい頃に母は亡くなってしまった。だから私は(ボールの勢いを受け止めるためのGKのキャッチング指導をするとき)、ボールを母親のように扱いなさいと子どもたちに言います。手を伸ばせば、今でもそこに母親がいるような気がするのです」

「私は子どもたちにそういう指導をしたいと思っています。スペイン1部のクラブにも興味はありません。子どもたちをサポートするのが本来の私たちの姿です。でも、多くの方々は自分のことばかりを考える。そういう人が世の中にはたくさんいる。世界中の愛情が薄れ、以前はもっとたくさんの抱擁があったのに、今は失われつつある。それが残念なのです。今回サッカーを一緒にやれたことで、ただのクリニックではなく、社会から求められていることを達成できたとすれば、すごく幸せに思います。皆さんと話した言葉は、私の心に直接響いている」

今回ジョアンが一緒にサッカーをした子どもの中には、津波で親を亡くした子も参加していた。


【写真キャプション】ジョアンが何気なくだっこした小さな男の子。”彼は津波でお父さんを失ったんです”。そう聞くと、まるで我が子を見るようなまなざしを向け、大切なブレスレットを男の子の腕につけてあげた


「私が話した子どものお父さんが亡くなっていたと聞いたとき、私は自分の心をえぐられるような思いがしました。まるで彼のことを、自分の息子のように愛おしく感じた。不公平だと思ったし、ナイフでえぐられるような思いがしたし、あの子を自分の子どもにしたいと思いました」

「これ以上話すと泣いてしまう。だけど、感情を出すのは決して悪いことではない。彼らの心に何かを伝えなければならないと、私はコーチをしながらいつも思います。今日は皆さんとその気持ちを共有できて、うれしく思っています」

そしてジョアンはあいさつの最後を、次のような言葉で締めくくった。

「今回、東北の子どもたちと接したことで、改めて、私は育成のコーチなんだなと思いました」


GKクリニック主催:(株)アレナトーレ
通訳:倉本和昌(湘南ベルマーレ U-15南足柄監督)

文/清水英斗(Hideto Shimizu)
Goal.com Japanの編集長を務める。サッカーライター&編集者。
著書は「サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点~」
「DF&GK練習メニュー100」「セットプレー戦術120」など多数。
ツイッターアカウントは @kaizokuhide


●告知
ジョアン・ミレットの被災地訪問に同行したフォトグラファー、浅野里美さんの写真展を渋谷で開催中!

『Smile for Nippon  ~東北に笑顔を~』
 【Photo Exhibition by satominimum 】

日程:9/17(月・祝)~9/23(日)11:00~23:00
   ※最終日は11:00~18:00

会場:Gallery Conceal Shibuya spaceA
    〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂1-11-3 4F
    TEL/FAX:03-3463-0720

ぜひ、近くにいらした際にはお立ち寄りください。