コラム:遠い場所、近い世界
海の向こうで日本人選手が体得した「地図」
2009/10/05 20:13:48
ヨーロッパでは、ようやくシーズンがスタートした。だがつい最近、リーグを終えたチームもある。クリスタルパレスが、その一つだ。
「?」と思われる方もいるかもしれない。ここで話しているのは、2004-05シーズンにはプレミアリーグでも戦った、90年を越える歴史を誇るイングランドのクラブではない、もう一つのクリスタルパレス。アメリカのユナイテッド・サッカーリーグ(USL)2部に所属するクリスタルパレス・ボルティモア。イングランドの“本家”と提携する姉妹クラブで、実際にイングランドのシーズンオフにリザーブリーグの選手を登録してプレー経験を積ませるなど、人的交流も行われている。
日本ではヨーロッパのカレンダーに合わせて秋開幕にすべきだ、などと論議されているが、そんなことはおかまいなし。さすがはアメリカといったところか。同じアメリカのメジャーリーグ・サッカー(MLS)はまだシーズン中だが、USLは自分の道を進む。
そのチームで、これまた独自の歩みを続ける日本人選手が一人。今年も1部昇格はならなかったチームから、3年連続でベストイレブンに選ばれた。セントラルミッドフィルダーや、ディフェンダーとしてプレー。名を原田慎太郎という。かつてJリーグの横浜F・マリノスや大宮アルディージャでプレーした。
2007年の2月頃、電話の向こうの声は消え入りそうだった。「どうしたらいいのか分からない…」。当時の所属クラブから戦力外となり、Jリーグのトライアウトにも参加したが、声は掛からなかった。知人のつてを頼って、以前から興味があった海外への挑戦を決める。アメリカでのトライアウトで能力を認められ、現クラブへの入団をつかみとった。思えば、それが自分で世界地図をつくるための最初の一歩だった。
桐蔭学園高校では、名将・李国秀監督の独特のサッカー観に触れた。厳しい言葉をぶつけられても、逆に発奮した。大宮で学んだ現オーストラリア代表監督のピム・ファーベークのオランダ・フットボールにも、目を見開かされたという。そして今、アメリカでも多くを吸収している。
サッカーそのものだけではなく、異なる文化に身を投じたことも大きいようだ。チームメートとの共同生活、言語の習得。人種のるつぼで、「とにかく主張していかないといけないんですよ」と笑う。いわく、「ハプニング大国アメリカ」。だがその毎日の経験こそが、「サッカーに通じていて大事なことなんですよ。って、外国に行って学びました」と血肉になっていることを感じている。
そして今度は、ヨーロッパのフットボールに触れている。8月中旬過ぎからロンドンで、クリスタルパレスの練習に参加。次々帰らされる選手も多い中、1カ月以上にわたって参加を続け、公式戦ではないながらもリザーブリーグの試合に出場したという。「こっちは、またでかい」と言うが、体格の大きな選手との対戦は、アメリカで経験済み。さすがに労働ビザの取得が困難なイングランドでのプレーは難しいようだが、ヨーロッパでのプレーは、やはり大きな目標だ。
「JリーグやJFLじゃ、経験できないこと」というロンドンで多くを体得する日々。自らの歩を進める原田だが、それは決してゴールを定めない旅ではない。「日本代表に入りたい」と、はっきり目標を口にする。強豪高校や大学、Jクラブのユースから、日本代表へ。それが“ストレート”な道に見えるが、これに原田は異を唱える。「何がストレートなの、って思うんです」と。
ボルティモアには広大なアメリカはもちろん、欧州だけではなく、南米での年代別代表経験者など、世界中から選手が集まる。サッカーとともに生きていく道は、数限りない。さまざまな道がつながり、歩む先々で得るものは独特だ。地続きの欧州だけではなく、その道は海をも越える。
「ほかの国では、幼い頃から国外に出てサッカーするのが普通」。ただこればかりは、体験しなければ分からないことだと原田は言う。そして、その肌感覚こそが日本代表を強くするはずだと確信している。海に囲まれた日本から見れば、国外は遠い場所。だが原田には、体に刻んだ“世界地図”がある。何にも代え難い財産が。
翌日がオフなので、ロンドンの街の散策へ出るというある日の一言。「ロンドンは本当に美しい…」。なんだか、言葉もアメリカ人みたいになってきた。
次はどの国から連絡が来るのか、楽しみにしている。
文/杉山 孝
