KNOW YOUR RIVALS:デンマーク

2大会ぶり出場のバイキング

デンマーク対スペイン、喜ぶスペインのイレブン (MarcaMedia)
デンマーク



デンマークサッカー協会


DBU (Dansk Boldspil-Union)


: モルテン・オルセン

連盟: UEFA
FIFAランキング (Nov 09): 27
出場回数: 3 (1986, 1998, 2002)

地図

バックグラウンド

本大会出場は、1986年が初めてだった。そのときの監督はドイツ人のゼップ・ピオンテクで、チームは「ダニッシュ・ダイナマイト」とニックネームをつけられた。冒険的で魅了するようなプレーのためだ。予選リーグはスタイルを出してスコットランド、ウルグアイ、ドイツを撃破。決勝トーナメント1回戦でスペインと激突した。先制のPKを決めたジェスパー・オルセンのバックパスがブトラゲーニョにさらわれ、同点弾を奪われてしまう。そこから、1-5と叩きのめされた。1998年には準々決勝へ進出したが、ブラジルに2-3と惜しくも敗戦。ブライアン、ミカエルのラウドルップ兄弟がチームにいた。その4年後の大会以来、我々はデンマークがW杯本大会に出るのを見ていない。

どのように予選を突破したか

スタイルを出し、早々に勝ち抜け候補となった。初戦ではハンガリーと盛り上がりもないまま0-0で引き分けたが、その後の5試合で勝利している。最も重要な勝利は、ポルトガルでのものだった。勝ち抜け候補を3-2と破ったのだ。厳しかった試合は、第6戦のアウェーでのスウェーデン戦。だが1-0と競り勝ったことで、予選突破の希望が一気に強くなった。ポルトガルとマルタ相手の連続引き分けは、1試合を残してのホームでのスウェーデン戦の勝利が、本大会出場を決めることを意味した。決勝点を決めたのは、ヤコブ・ポウルセン。試合終了11分前のことだった。彼の代表初ゴールだった。

ストロングポイント

力強く、コレクティブな中盤を擁する。ここを抜けてデンマークのペナルティーエリアまで近付くことは、対戦相手には厄介なことだ。ピッチの反対側では、デンマークには相手のペナルティーエリアにボールを運ぶさまざまな選択肢がある。左右のウィングを置くということは、あらゆる地域でボールが動くということだ。

ウィークポイント

主な弱点は、前線での選択肢が少ないことだ。彼らが1人だけのストライカーを置かない理由の一部がそれだ。若いニクラスベントナーが、通常のファーストチョイス。だが彼はケガがちで、ほかに一線級のFWはそう多くいない。ソレン・ラルセンが起用されて得点したこともあったが、予選10試合中5試合でプレーしただけ。その他のオプションは、ヨン・ダールトマソンだが、同国の最多得点である52得点へあと一歩の51ゴールから、なかなかあと一歩が出ない。残念ながら、2008年2月以来、国際試合でのゴールがないのだ。その他のわずかな選択肢は、モルテン・ノルドストランドやマルティン・ベルンブルクだが、あまりにも経験が乏しい。

監督

モルテン・オルセン監督は、1970年から89年までに102試合の国際試合に出場。引退後、2000年に代表チームを預かるまで、ブロンビーやケルン、アヤックスを率いた。02年にもW杯本大会へと導いている。その豊富な国際経験で、選手、ファンから尊敬されている。今大会終了後に契約は終了するため、クラブレベルに戻りたがっていると噂されている。だが同国協会は、契約延長を考え始めている。

スター選手

ニクラス・ベントナー(アーセナル)

まだ22歳ながら、本大会の頃には30試合以上に出場し、3試合に1試合は得点するなど、経験を積んだ選手となっているだろう。クラブレベルでもアーセナルのレギュラーになりつつある。 

トーマス・ソーレンセン(ストーク・シティ)

デンマーク代表の第1GKは、1999年にデビューを飾った経験豊富な選手だ。2002年のW杯本大会でもプレーしている。デビュー以来、イングランドでプレーし続けてきた。サンダーランド、ストーク・シティ、アストン・ヴィラなどでプレー。世界でも最高のリーグの一つでプレーしてきたということは、最高レベルと比較できる選手だということだ。

ヤコブ・ポウルセン(AGFアーフス)

ポウルセンは予選が残り5試合となってから、左サイドのMFとして居場所を自分で勝ち取ってきた。おそらく本大会でも、調子を著しく落としさえしなければ、先発となるだろう。技術の高い選手で、パス能力が高い。また、重要なゴールを決めてきた。予選突破を現実のものとした、アウェーでのスウェーデン戦での一撃がそれだ。


Best XI

サッカーでの最高の瞬間

1992年の欧州選手権の優勝が、間違いなく史上最高の瞬間だ。予選突破できなかったのだが、ユーゴスラビアが内戦により出場資格をはく奪されたため、代替出場となった。リチャード・メラー監督・ニールセンはその報せを受けたとき、家で台所の飾りつけをしていた。ドイツ相手の決勝は、選手全員が持てるものをすべて出した、忘れ得ない試合だ。

 ピッチの外

これで有名: ハンス・クリスティアン・アンダーセンはたくさんのおとぎ話を書いて有名になった。老若男女問わず、世界中で愛されている。

こうなりそう: バイキングのプラスチックのヘルメットをかぶっているのは、ここのファンだけ。プラスチックの組み立て式グラスから、長くて柔らかいストローでビールを飲むのも、彼らだけ。

W杯での目標

1998年のように、準々決勝に進出すること。それ以上のことは、とても大きな成功だと言える。

 
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