オランダ![]() Koninkrijk der Nederlanden |
![]() オランダサッカー協会 1889 |
| 監督: ベルト・ヴァン・マルヴァイク 連盟: UEFA FIFAランキング (Dec 09): 3 出場回数: 8 1934, 1938, 1974, 1978, 1990, 1994, 1998, 2006 |
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有名な「トータルフットボール」とともに、70年代に2度のW杯で強い印象を残した。1974年のチームは、おそらく1954年のハンガリーとともに、W杯で優勝しなかった最強のチームだろう。1998年には準決勝に進出したが、世界王者に なるというオランダの夢を果たしたチームはない。南アフリカでは、オランダは優勝候補ではないだろう。今回もまた、夢の実現はなりそうもない。
南アフリカへの道は険しいものだったのか? ヴァン・マルヴァイク監督は、すべての出場国の中で、もちろん南アフリカを除いて、最も楽な予選の組み合わせの喜びを享受したと言えるのではないか。このオランダ代表は、ノルウェー、スコットランド、マケドニア、アイスランドが入ったヨーロッパのグループ9を楽に勝ち抜いた。6試合を終えた時点で、W杯行きの切符を手にしたのだ。その後、ノルウェーとスコットランドを退け、8試合を全勝で終えた。
ロビン・ファン・ペルシ、ヴェスレイ・スナイデル、アリエン・ロッベン…。多くの国が、自分のチームに欲しいと思うだろう。攻撃面は、非常に強力だ。おそらく、ワールドクラスであろう。技術が素晴らしいファン・ペルシ、スナイデルのプレーメーカーとしての質、それにロッベンのドリブルは、すべての対戦相手にとって脅威だ。状態が万全ならば、この3人は危険な武器となる。
予選では良いプレーをしたものの、オランダの守備は自国でもいつも議論の種となる。アンドレ・オーイエルは、経験豊富なCBであが、少し年を取り過ぎてしまった。エヴァートンに所属するヨン・ハイティンハ、オランダ代表でもCBでプレーしたいと強く願っていることだろう。だがそこには、才能あるライトバックのグレゴリー・ファン・デル・ヴァイルのために席が空けられている。ヨリス・マシイセンは、守備のレギュラーとして使われ始めたときには多くの批判を浴びた。だが、彼のパフォーマンスは改善されている。ジオバンニ・ファン・ブロンクホルストはチームのキャプテンだが、人々は彼のDFとしてのクオリティーに少々不安を抱いている。本来はMFで、本物のウィンガー相手には難しさを感じているように見受けられる。
監督
ベルト・ファン・マルバイク監督は、EURO2008の後にマルコ・ファン・バステン前監督の後継者となった。クラブの監督として、彼は1999年にオランダカップの決勝に進出している。フェイエノールトでは、最高の時間を過ごした。2002年にUEFAカップで優勝し、08年には国内のカップ戦も手に入れた。物静かで保守的な監督で、W杯を狙うチームにサプライズを持ち込むようなことはなかった。エドウィン・ファン・デル・サールとルート・ファン・ニステルローイが代表引退を返上する可能性はあるが、指揮官については何も話は挙がらない。
ロビン・ファン・ペルシ(アーセナル)
| アーセナルのキーマンの一人。ロッテルダムでのストリートサッカーで若き日に汗を流し、彼の素晴らしい技術の基礎を築いた。かつて彼のボスであるアーセン・ベンゲル監督が語ったように、彼のようにファーストタッチであんなにボールを近くに置ける選手などいない。過去には右ウィングとして起用され、代表でもストライカーとしてプレーする希望を見せるようになった。ワールドクラスに近いFWだ。 |
ヴェスレイ・スナイデル(インテル)
| レアル・マドリーはもはや彼を必要としなかったが、イタリアの巨人、インテルではすぐさまキープレーヤーの一人となった。アヤックスのユースで育ち、左右の足からシュートとパスを放つ独特の能力を持つ。自チームのストライカーの背後、相手の中盤と守備の間でどのようにプレーすべきか心得ている。ポジショニングは非常に巧みで、それによって距離のあるところからアシストとゴールすることを可能になっている。 |
アリエン・ロッベン(バイエルン・ミュンヘン)
| 大変に技術が優れ、素早いウィンガー。彼にかかれば、相手は怒り狂うことになる。ドリブルの技術とペースチェンジは本当にすごい。その能力が、試合を決めたり、均衡を打ち破ることを可能としている。だが、一つ問題がある。ケガがちなのだ。負傷することが多く、ガラスの男として知られる。もし状態が完璧なら、どんなトップクラスにチームにとっても危険な存在となるのだが。 |

W杯での2度の準優勝を別として、オランダが優勝したのは1988年の欧州選手権だけだ。そのチームにはマルコ・ファン・バステンやルート・フリットといったスターがそろっていた。1974年には、1-0とリードしながら西ドイツ相手に優勝を逃してしまう。ヨハン・ニースケンスがPKを決めるまで、ドイツの選手は誰もボールに触れることができなかったというのに。1978年には、1-1で迎えたアルゼンチンとの決勝で、最後の1分にロブ・レンゼンブリンクの一撃がポストを叩いた。頂点へ最も近付きながら、まだ遠いという例の一つだ。
ピッチ外
こうなりそう:素晴らしいスタートを切りそう。期待するのは、徐々に調子を上げること。世界王者になるという夢は、 いつの日か現実になるのだろうか。決勝トーナメントのオフの一日が、またも夢を砕くのだ。


