【石川直宏引退特集】恩師・原博実が語るナオ「やっぱりスピード感が大事だな」

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今季限りで現役を引退するFC東京の石川直宏。その石川をFC東京に導きブレイクさせた恩師・原博実氏が、愛弟子について語った。

「今、来たら使っちゃうよ」。飛び跳ねるようなドリブルが石川直宏の真骨頂だとしたら、その石川に“翼"を与えたのは、元FC東京監督で現Jリーグ副理事長の原博実氏が発したこの言葉だろう。2002年4月、横浜F・マリノスからFC東京に期限付き移籍した石川を、原監督は本当にすぐさまスタメン起用し、石川自身も得意のドリブルでこれに応えた。2003年夏にはFC東京へ完全移籍。以来、彼はクラブを象徴する選手の一人としてファン・サポーターに深く愛されるようになった。石川直宏というプレーヤーに飛躍のきっかけを与えたかつての恩師が、かつての愛弟子にねぎらいの言葉を掛ける。

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――石川選手から引退の話を聞いたのはいつでしたか?

7月中旬にFC東京のOBや番記者が集まった食事会があって、そこにナオも参加したんだけど、その時だよ。その前にナオから電話があったんだけど取れなくて、結局その場で聞くことになった。

――どのような形で報告を受けたのでしょうか。

「今年で区切りをつけようと思うんです」と言われて、「えっ? まだまだやれるんじゃないの?」って。「膝はどうなの?」と聞いたら「だいぶ良くなっていますけど、自分が思うようなところまでは戻らないんです。今シーズン最後まで頑張ります」といった会話だったかな。

――報告を聞いて、改めてどのように感じましたか?

うーん、ナオは日本代表にも入ったことがあるけど、一番調子が良い時にケガをしてしまったり、ケガに泣かされた部分はあったよね。最近は特にちょっと良くなったと思ったらまたケガをする。その繰り返しだったから、たぶん本人が一番、歯がゆかったと思う。試合会場とかで会うと「元気です」って言うんだけど、「足さえ動けばもっといろいろなことができるのに」とか、「チームのためにもっとやれるのに、ピッチで力を発揮できない」というもどかしさがあったんだなとは感じましたね。

――石川選手が2002年にFC東京に期限付き移籍したのは、当時、監督だった原さんの影響が大きかったと思います。石川選手のことはいつから知っていたんですか?

最初に知ったのは2001年のアルゼンチン・ワールドユース(現U-20ワールドカップ)だね。解説業で現地にいてU-20日本代表を見ていたんだけど、そこで「石川直宏って選手は結構面白いね」って注目するようになった。スピードも技術もあってダイナミック。「こういう選手がうまく伸びれば面白いだろうな」とはずっと思っていた。それで帰国後にスポーツ紙の解説の仕事で横浜FMの試合を見た時にナオが出ていたから、彼のプレーにフォーカスしてみたんだよね。でも、自陣で頑張ろうとしすぎたり、相手ゴールに近い位置でシンプルにプレーできなかったりして、あまり持ち味を発揮できていないと感じたから、それをハッキリと書いた。後々、ナオからは「どうして知らない人にあんなに厳しく言われなきゃいけないんだと思った」と言われたんだけど(笑)。それでも「あの石川直宏という選手は横浜FMでどうして出場機会に恵まれないんだろう」とはずっと思っていたし、気になっていたんでしょうね。

――翌2002年に原さんがFC東京の監督に就任し、4月に石川選手を期限付き移籍で獲得することになります。

どうしてナオを獲得することになったかというと、佐藤由紀彦(現FC東京むさしU-15コーチ)が結構大きなケガをしたんだよ(4月21日のJ1 1stステージ第7節ベガルタ仙台戦で負傷)。で、由紀彦がケガをした試合の次の日にサテライトの試合か練習試合で横浜FMとやって、後半からナオが出てきた。「あれだけの選手なのにもったいないな」と思っていた中で、由紀彦がケガをしてしまって右サイドを補強しなければならなかったので、「ナオに声を掛けたほうがいいんじゃないか」とクラブに相談したんだ。ナオは当時の東京に合うんじゃないかって直感で思った。それで交渉したんです。

――すぐに会いに行ったんですか?

いやいや、ナオが小平グランドに来たのよ。練習場や環境を見てみたいし、監督とも話をしてみたいということで。日曜日のJ1で由紀彦がケガをして、ナオのプレーを見たのが月曜日で、その翌日だったから火曜日だよ。練習を見て施設を見て、監督室に来てさ、そこで話したんだよ。「東京ってこういうチームで、新しい選手、若い選手が伸びていくところだから、ここに来ればナオの力が生きるんじゃないか」って。そこで言ったんだろうね。「今来たらすぐに使っちゃうよ」って(笑)。それで決まり。そうしたらその週の選手登録が間に合っちゃって。

――それで週末の4月27日に駒沢陸上競技場で行われたJリーグヤマザキナビスコカップ(現JリーグYBCルヴァンカップ)のグループステージ第1節清水エスパルス戦(3-0でFC東京が勝利)で東京デビューを飾ることになったわけですね。

そう。練習は1回か2回しかやっていなかったけど、それで馴染んだのは間違いない。ナオはとにかくあの1試合でチームメートやファン・サポーター、クラブスタッフの信頼を得ちゃったよね。

――石川選手は「まだ新しいチームメートの顔と名前が一致していなかった」と苦笑していました(笑)。

そうだと思うよ(笑)。ただ、今でも覚えているんだけど、ナオがドリブルでぶっちぎって、「うわっ、シュートを打てる!打て!」と思った瞬間にケリーに折り返して、ケリーが決めたんだよ。それでケリーはナオのことが一気に好きになっちゃって(笑)。ケリーは「ナオに預ければゴール前で返してくれる」って実感したみたいだし、ナオのスピードやうまさが分かってうれしくなったみたい)。アマラオ(現tonan前橋監督)も「こいつがいれば俺たちのチャンスが増える」と思ったみたいだし、他の選手も完全に「うわっ、ナオいいねぇ」って雰囲気になったことは印象深いな。

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――石川選手が引退会見で名前を挙げた茂庭照幸選手(現セレッソ大阪)や、右サイドでコンビを組んだ加地亮選手(ファジアーノ岡山/今シーズン限りでの現役引退を表明)も、この2002シーズンに加入しています。

茂庭とは小学生時代からのライバルだったんだよな。特に加地とナオはすごく相性が良くてね。2人だけでどんどん突破していって。さらに大卒2年目の宮沢正史が左足で長いパスを蹴ることができて、それに対してダイナミックに飛び出していくプレーが形になっていた。ナオもやりやすかっただろうね。

――チームにすぐに馴染んだこともあり、石川選手は翌2003年の夏にFC東京へ完全移籍することになります。

そこはナオも悩んだと思うよ。横浜FMでずっと育ってきたしね。由紀彦は由紀彦でいろいろ思うところはあったみたいだけど、由紀彦が横浜FMに行って、結局はナオが東京に完全移籍した。由紀彦にとってはケガをしている期間に新しいメンバーでのサッカーが確立されちゃった難しさがあったと思うけど、東京以外のクラブに行ったことで成長できた部分はあったはずだし、横浜FMでは主力選手としてリーグ優勝しているわけだからね。お互いにとっていい決断だったと思う。

――原さんから見て、石川選手の調子のバロメーターはありますか?

あのね……やっぱり笑顔だな。

――なるほど。

ナオはニコニコしている時は調子がいいんだよ。顔にすぐ出ちゃう。ニコニコ笑って、楽しそうにやっている時はすごく良いよね。実は不器用な男だから、ちょっとイライラするとそのまま表情に出ちゃう。でも、いい時は味方がミスしても常に笑顔で「大丈夫!」って言っていい。自分はナオのああいう顔が好きだったし、本人にも「もっと笑顔で」と何回も話したことがあるね。

――プレー面ではいかがでしょうか。ストライドが長く、飛び跳ねるようなドリブルが石川選手らしいプレーだと思います。

確かに日本人にはなかなかいないよね、あれだけダイナミックなドリブルを仕掛ける選手は。あと印象に残っているのは、縦にばかり行くことを読まれるようになって、相手がケアしてきたから、そこからカットインして左足でシュートという動きを武器にするためによく一緒に居残り練習をしたんだよ。そうしたら左足がすごく上達して、最初から癖がなかったぶん、左足で巻いて蹴るシュートがうまくできるようになった。ペナルティーエリア付近でボールを持ったら、縦にも仕掛けられるし、縦を切られた時にはカットインして左足で巻いて蹴れるし、プレーの幅がかなり広がったんじゃないかな。

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――石川選手のプレーで印象に残っている試合はありますか?

最初のナビスコはもちろん印象に残っているんだけど、2005年の開幕戦もすごかった。アルビレックス新潟だったと思う(2005シーズンのJ1第1節/4-0でFC東京が勝利)。実はこの開幕戦に向けたミーティングにナオが遅刻してきたんだよ。お彼岸で大渋滞にハマったらしくて。「試合で使うのやめようかな」とも思ったんだけど、あいつも本当に申し訳なさそうな顔をしていたし、長いシーズンのスタートだったから、選手会としての“罰金”だけを科して使うことにしたんだよ。そうしたら活躍した。「ああ、良かった」って思ったよね(笑)。普段から何回も遅刻するようなやつだったら外していたけど、ナオは絶対にそんなことなかったから。何となく憎めない感じもあったし。

――その2005年の8月、セリエAに昇格したばかりのトレヴィゾからオファーが届きました。

チーム成績が悪い中での話だったから本人は迷っていたんだけど、俺は「行きたいなら行けばいいよ。こっちはこっちでやるから」ってスタンスだった。でも、「やっぱり行かないです」と伝えてきて断りを入れたんだよね。そうしたら次の試合(2005シーズンJ1第24節横浜FM戦)で右ひざに大ケガ(前十字靭帯損傷、外側半月板損傷)を負ってしまってね……。本当に悲運だったし、そこは残念だった。ああいったケガがなかったら、そして海外であいつの良さを分かってくれる人がいたら、もっと大きくなれただろうし、もっとブレークできたかもしれない。ああいうタイプって海外のほうが輝いたりするからね。ナオはシャイだけど人柄がいいから、海外に行っても馴染めたと思う。だけど結局オファーを断って、その直後にケガをしちゃった。あの頃、ナオはちょっと伸び悩んでいて、イライラしていたように見えたな。

――笑顔がなかった?

なかった。イライラしているとすぐに分かるから。でも、愛されキャラだし、根本が嘘をつかない真っすぐな男だというのはみんな分かっているからね。本当にケガさえなければ……と思うと、そこは残念。だけど、これからの人生のほうが長いから、あいつらしく笑顔で進んでいってほしいと思うし、いろいろな仕事ができると思う。どんなことでもやってほしいね。

――最後に、改めて石川選手へのメッセージをお願いします。

さっきも言ったけど、サッカー選手をやめてからのほうが人生は長いし、ナオの人柄を考えれば何でもできると思うから、いろいろなことにチャレンジしてほしいよね。東京に来た時みたいに、とにかくスピード感が大事だな。ナオのキーワードって、やっぱり“スピード”じゃない。考えすぎちゃうとダメなタイプだから、パッと思いついたり考えたりしたことをスピード感を持ってやってくれればいいんじゃないかな。ほら、意外と真面目だからさ、考えすぎるとあいつの持ち味であるスピードが生きなくなるからね。

インタビュー・文=青山知雄

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